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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
10年前,北欧のノルウェーへ行った事がある。最も,スウェーデン,デンマーク,フィンランドなども併せて旅行したのだけど・・・。北にある国なので,9月の初めに行った。最近の新聞に,ノルウェーの画家,ムンクについての記事が載っていたので,興味を感じてblogに取り上げた。9月に行っても,暑くない国だった。
新聞記事1
記事の内容は,ノルウェーの国立美術館は,22日,画家エドバルト・ムンク(1863~1944年)が代表作「叫び」の作品上に,自らが落書きをしていたとの分析結果を公表したという内容だった。すでに見つかっていた落書きの主や動機は謎で長年論争になってきたが,美術館は赤外線を駆使した解析により,本人の筆跡と一致したと判断した。
ムンク「叫び」 国立美術館1
「叫び」は、登場人物の独特のゆがんだ表情などうぃ通じ,人間の不安を描いた作品として有名。1904年に展示された際,美術の評論家が落書きの存在に気付いた。ムンクが4点描いた「叫び」のうち,1893年の作品の左上には,「狂った人間しか描けなかった」という意味の言葉が鉛筆書きで記されている。作品を見て憤慨した人の行為との説もあるが,美術館はムンクの書簡の文字と筆跡を比べるなどしえ,本人のものと結論付けたそうだ。彼の皮肉とも読み取れるし,彼の弱さやもろさを表しているとも言える」と話している。
私も,ノルウェー国立美術館に行ったが,ノルウェーでは,入場料が無料で,大学生が沢山見学に来ていた。少し,ムンクの事について,言及すると・・・・。
ムンクは1863年12月12日,ノルウェーのヘードマルク県ロイテンに生まれた。父クリスティアン・ムンク(1817年 - 1889年)は医者であり,1843年から船医,1849年からは陸軍軍医を務めノルウェー各地の駐屯地を転々としていたが,1861年にラウラ・カトリーネ・ビョルスタ と出逢い間もなく結婚。2人の間にはエドヴァルドの前に長女ヨハンネ・ソフィーエ(1862年生)が生まれていた。エドヴァルドが生まれた直後の1864年早々,一家はクリスチャニア(現オスロ)に移り住んだ。ここで次男ペーテル・アンドレアース(1865年生),次女ラウラ・カトリーネ(1867年生)が生まれた。しかし,母ラウラ・カトリーネが結核に冒され,いったん持ちこたえて三女インゲル・マリーエ(1868年生)を産んだものの1868年12月29日に亡くなった。以後,母の妹カーレン・ビョルスタがムンク家の世話をすることになった。ムンクの父はもともと信心深い性格であったが,妻の死後は狂信的なほどキリスト教への信仰にのめり込み,子どもたちを叱る時は異常なほどに厳しかった。ムンクは父の狂信的な考えに反発して口論した日の夜,父の寝室を覗き,父がベッドの前にひざまずいて祈っているのを目撃して衝撃を受けたことを後に回想している。ムンクはその光景をすぐにスケッチに描くことによって,ようやく落ち着いて寝入ることができたという。ムンクは「病と狂気と死が,私の揺りかごを見守る暗黒の天使だった」と語っている。
ムンクの手記によれば1876年末頃,彼は血を吐き結核だと思い自分の死が近いことを覚悟した。さらに姉のヨハンネ・ソフィーエが結核に感染し,1877年11月15日に15歳で亡くなった。ムンクにとって姉は,きょうだいの中でも特別で,亡き母に代わって愛情を注いでくれる存在であったため衝撃は大きかった。こうして身近に「死」を実感したことが後のムンクの芸術に生涯影響を与え続け,特に『病室での死』(1893頃)『病める子』(1886)といったムンクの初期の諸作品では直接のモチーフになっている。
病める子
『叫び』はその遠近法を強調した構図,血のような空の色,フィヨルドの不気味な形,極度にデフォルメされた人物などが印象的な作品で,最もよく知られ,ムンクの代名詞となっている。
ムンクは,ノルウェー王立絵画学校へ行き,パリに留学もしている。そこで著名な画家からの影響を受けた。その後.精神病,結核にかかり,ベルリンに帰る。この頃,『生命のフリーズ』をテーマに絵を描いている。
生命のダンス
ノルウェーの市庁舎には,今まで描いていた絵と違った画風の絵が飾られていた。
ムンク 

ムンクの絵がある部屋1
晩年は,オスロで暮らし,色々と勲章を授与された。眼が見えにくくなって絵を描くことを止めたそうだ。余り,幸せな生涯ではなかったようだ。
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【2021/02/25 15:44】 | 思い出
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ムンクの絵、好きです
kawaii155cm
北欧、行ってみたい国です。
「このコロナ禍が収束したら、海外旅行に行くよ!」と家族に宣言しています。
ムンクの『叫び』は時にユーモラスなもののように取り上げられてお笑いのネタになったりしていることがありますが、ムンクの思いとは全く違うのですよね。
私は、絵はよくわかりませんが、ムンクの絵の光の描き方やどんよりと重く、暗い描写が好きです。
誰の中にも苦悩や恐れはあるもの。どん底の何もできない時間から少し経つと自分が今できることの中で一番好きな事をやっていたように思います。
ムンクは絵だったのでしょう。
私は・・・父や母が亡くなった後、パッチワークや刺し子をしていたように思います。無心に瞑想をしているような感覚を持ちました。
長い年月、沢山の絵を残してくれたムンクに感謝です。
海外旅行は、沢山知識を持っておかなければなりません。知識があるとないのとでは、旅の楽しみに大きな差が出てきますよね。
漠然としてではなく、行き先を決めて始めましょうかね。もう、若くないので、行ける国は限られるでしょう。
最近は歴史に興味が出て、高校時代苦手だった世界史の一端も面白いと思えるようになってきました。
やはり、最初の旅先は北欧ですかね。時間をかけて北欧の5か国をまわる・・・いいですねぇ~。

kawaii155cmさんへ
K.N
v-233海外旅行は,日本と文化的に違っているので,別世界に眼が見開いたって感じです。今まで,TVや本などで読んでいた内容とは,大きく違っています。私も姉も世界史が好きでした。それで,歴史で学んだ国を目の当たりにして,すごく興味を感じました。ムンクは,家庭的に,色々と問題を抱えていました。それに,ナイーブな人だったのでしょう。病気や精神病や眼の病気などに罹り,母親や兄弟なども病気で失っています。身近で人の死を体験することで絵にもその兆候が表れているそうです。海外旅行には,事前に少し知識を得ておいた方がいいと思いますが,現地でしっかり観察することです。言葉は,最近,モバイルの翻訳機があるので,困らないと思います。旅行は,個人旅行よりも,ツアーで行った方が短期間に多くの事が学べます。私は,ヨーロッパ,アジアなど8回旅行し,20カ国位行きました。帰国後,blogを書いたのが,復習になって良かったです。在職中は,余り旅行できなかったのですが,リタイアしてから色々行きました。それに,v-212多くの写真を撮り,v-487絵に描いて楽しんでいます。kawaii155cmさんも,大いに異文化を探検して下さい。歳をとったら,国内旅行にシフトするのが良いです。北欧は,寒いので,夏に行くのが良いです。それに,盗難などにあう事が多いので,気を付けて下さい。体の元気なうちに,大いに楽しんでください。v-354

思い出は 美しく楽しさ一ぱい!
yasumama
いろんな所にお出かけしてらっしゃるから 思い出 一ぱいですね。
ここのところ コロナで 外国は 勿論 国内も制限されて こころ寂しいv-409
心の底から 楽しい・破天荒に笑える・・・これは 一寸表現が変だけど そんな気持ちになります。v-395
今一 世界史・あまり好きでは 無かった ので 地名を探すのに 手間取りました・・昔・・昔の話
みんなが 見つけた後も まだ よう 見つける事が 出来なくてv-395
画家・作曲家・作家等などの方 お若い時は 認められない方も多くて お亡くなりになって・・・・v-404

今日も まあまあ・・24式なんて 2年??まだまだ 前??❓?孫式をするように なって してない・・反対向いて お見合い させてもらいました。ありがとうv-411


yasumamaさんへ
K.N
v-37現在,新型コロナが世界中に流行していますね。国内のみならず,外国も危ないですよね。コロナワクチンがかなり開発されているとは言え,ワクチンの争奪戦状況ですね。日本ももう少し早く入荷されるのかと思っていたら,かなり当初より遅れるみたいですね。下手したら,今年中にワクチン接種が終わらないかも知れませんね。そうすると,東京オリンピックは,絶望的ですね。ワクチンは開発するのに,4・5年かかるそうですが,現状でいくら急いでも,かなり時間がかかることでしょう。良い時に海外旅行に行ったなと思います。一刻も早くコロナウィルスが収束して欲しいものです。v-421

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