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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
11月13日(月)予てから,友だち4人と予約していた日帰りバス旅行“紅葉の「備中松山城」とボンネットバスでめぐる「ベンガラの街・吹屋」”へ行った。出発は,呉駅前7:30なので,早起きしなくて良かった。広島でも,沢山乗られて,バスは,一路岡山に向かった。松山城というと,誰も愛媛県の松山城を連想されるが,こちらは,岡山の備中松山城,高梁市にある。ご近所の方が,すごく良い所だと言われていたので,是非,行きたいなと思っていた。岡山~備中高梁駅~180号線~85号線に入る。そこから吹屋ふるさと村まで16㎞で千枚駐車場に到着。ここで,先にボンネットバスに乗って広兼邸に行くグループと吹屋ふるさと村に行くグループに分かれた。私たちは,先にレトロボンネットバスに乗る方だった。広兼邸まで道が狭いので,小ぶりなボンネットバスに乗り換えて,広兼邸に到着。
レトロバス 広兼邸全景
レトロバスを降りて,小高い所にある広兼邸に上がって行った。入口には,楼門がある。
広兼邸全景1 広兼邸全景2
広兼邸は,大野呂の庄屋で,2代・元治が享和・文化の頃に,小泉銅山とローハ(ベンガラの原料)製造を営み巨大な富を得て,江戸時代後期に築かれた屋敷。石垣は,「武者返し」になっており,城郭のようだった。市指定重要文化財になっている。屋敷の楼門の上には,不寝番部屋があり,左側には門番部屋があり,警護もなかなかのようだった。
広兼邸説明 門番部屋
映画「八つ墓村」のロケ地にもなった。店の間・玄関・客間と3部屋が連なっている。
八つ墓村のポスター 客間と玄関と店の間
客間の傍の庭には,水琴窟が造られていた。日本庭園の装飾の一つで,手水鉢の近くの地中に作りだした空洞の中に水滴を落下させ,その際に発せられる音を反響させる仕掛けで,手水鉢の排水を処理する機能を持っている。京都の庭園などによく見られる。
水琴窟 水琴窟1
茶室と離れ屋敷は・・・。
茶室 離れ座敷
土蔵の中には,お宝探偵団に出てきそうなレトロなものが色々展示されていた。右の写真は,行器(ほっかい)と言い,中世から近世の日本において,儀礼の際に食物を運搬する目的で用いられた容器だそうだ。
土蔵の中2 土蔵の中5

土蔵の中3 土蔵の中9

土蔵の中7 土蔵の中 6
右の写真は,消防ポンプだそうだ。
土蔵の中1 消防ポンプ
楼門から左側に行くと,囲炉裏のある部屋や台所があった。その向かい側は,番頭,下男,下女の部屋,厩農作業場,厠などがあった。かつての繁栄ぶりがうかがえる立派な屋敷だった。この屋敷のずーと向こう側には,自前の神社や墓所もあった。
囲炉裏 台所
レトロボンネットバスに乗って,千枚駐車場に戻った。今度は,吹屋の町並みの散策だった。吹屋は,江戸から明治にかけて鉱山の町として栄え,ベンガラの国内随一の産地として有名だった。赤銅色の石州瓦とベンガラ色の外観で統一された見事な町並みは,吹屋の長者たちが後世に残した文化遺産とのこと。豪商が財にあかせて建てた豪邸は,全国各地にあるが,吹屋では,個々の屋敷が豪華さを纏うのではなく,旦那衆が相談の上で石州から宮大工の棟梁たちを招いて,町全体が統一されたコンセプトの下に建てられたそうだ。ベンガラ色の豪商の旧家がずらりと軒を並べ,何だか懐かしいような雰囲気だった。
吹屋町並み1 吹屋の旧家1
変わった造りの蔵があった。また,家の玄関の前に,馬を繋ぐ鉄の輪や玄関前の柱に飾りが付いている家などがあった。
蔵 馬を繋ぐ
2014年閉校したという旧吹屋小学校に行く途中,紅葉がすごく綺麗な所があった。現在,旧吹屋小学校は工事中だったので,途中で引き返した。
紅葉 吹屋小学校校舎
吹屋は,1977年国の伝統的建造物保存地区に選定され,都市景観大賞も受賞している。
吹屋伝統的建造物保存地区 都市景観大賞
吹屋ふるさと村やベンガラ館など,もっとゆっくり見たかったが,時間が限られているので,専用バスに乗って,備中松山城に向かった。こちらは,次回投稿することにする。
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【2017/11/30 11:23】 | 旅行
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yasumama
よい旅でした。 あちこちの紅葉 黄葉 美しいです。
広兼邸・・感動っていうか 思う事 沢山 ありました。
ここで 大勢の下男 下女、の人々が 寒かろうが暑かろうがじっと我慢して苦しい生活を送ったであろうなんて そんな事 考えては いけないのかな~~。
庄屋ともなると防備も必要だったのでしょう。
昔は仙人のような襖絵の模様というか画が描かれてたのを 思いだしました。
それも山に埋没されて・・・仕方ないと 思えども思えども・・・。v-393

yasumamaさんへ
K.N
v-278お天気にも恵まれ,Oさんにも久し振りに会えて良い旅でした。広兼邸は,かなりの力を持っていた庄屋なのですね。まるで城壁のような広いお屋敷,警備もされていて,それでいて,風流な水琴窟など,風流な趣向も凝らさていましたね。他にも,鉱山やベンガラで財をなした豪商の家がずらりと軒を連ねていましたね。yasumamaさんの生家も,あんな家だったのですか。今は廃墟と化しているとのことでしたが,家を継承していくことは大変ですよね。v-404備中松山城も念願がかなって良かったです。また,どこかに行きましょう。呉発着が良いですね。e-216

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