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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
少し前,新聞の折り込みチラシに,九州の「旧伊藤伝右衛門邸」と「大英博物館展」への日帰り旅行が載っていた。「旧伊藤伝右衛門邸」は,NHKの朝ドラの「花子とアン」に出てきたので是非見てみたいと思った。また,「大英博物館展」は,3年前にイギリス旅行の折,ナショナルギャラリーへは行ったが,大英博物館には行っていないので,こちらも是非見たいと思った。丁度,良い日帰りツアーだったので,友だちを誘い,4名で申し込んだ。今回は,最初に行った「旧伊藤伝右衛門邸」を投稿する。
7月30日(木)呉駅~JR電車で広島駅に行った。8時15分広島新幹線口の近くに集合。8:42新幹線こだまに乗って10:15に小倉駅着。そこからは貸切バスで炭坑王の功績を伝える「旧伊藤伝右衛門邸」に行った。(11:30着)大きな門構えの豪邸の門をくぐり,玄関から案内人について見学した。
邸宅入口 邸宅の俯瞰
筑豊の炭坑王として知られる伊藤伝右衛門の本邸として建造され,旧長崎街道に面している。2,300坪の敷地面積に建物延床面積300坪。
邸宅の見取図
4つの居住棟と3つの土蔵からなり,池を配した広大な回遊式庭園で,国の指定名勝になっている。
旧伊藤伝右衛門邸と庭園

庭園 庭園1
近代和風住宅として和洋折衷の調和のとれた美しい邸宅。様々な建築技術や繊細で優美な装飾が随所に施されている。長い畳廊下と変わった造りになっている天井,茶室。
長い畳廊下と天井 茶室
アールヌーボー調の電燈,黄檗宗僧隠元書の2幅の軸がある本座敷。
電燈 本座敷
東郷平八郎書の「有一誠」の額と欄間,エレガントな欄間など,随所に見られる。
欄間と額 欄間
洋風応接間,ステンドグラス。
応接間 応接間のステンドグラス
洗面所と家紋の入った衣桁(和服をかけるもの)。
洗面所 家紋の入った衣桁
水洗トイレ,白蓮の部屋から庭を望んだ景色。
水洗トイレ 白蓮の部屋から庭を望む
風呂,洗面所の鏡。檜の浴槽は,造りなおされている。
風呂 風呂の鏡
骨董蔵では,伊藤伝右衛門の生い立ち,石炭事業,広範囲に及ぶ業績についてのパネルが展示され,説明があった。1860年生まれの伝右衛門は,苦労の末,石炭事業を展開し,筑豊で御三家に並ぶ事業家として成功。事業で得た巨万の富を女学校の創設,育英会の創設など教育・文化事業に注ぎ地域社会に還元した。また,嘉徳銀行や十七銀行の取締役として,幸袋工作所の創業者として,地元の産業・経済の発展に尽力し,衆議院議員に当選し,遠賀川の改修工事を実現させるなど,人間味あふれ,地元の人々から慕われ,1947年87歳で亡くなった。
伝右衛門 白蓮
伝右衛門は正妻を亡くし,翌年50歳で27歳の柳原伯爵家の妾腹の子白蓮と再婚。大正天皇のいとこにあたる高貴な人が石炭王の後妻に入ったということで,世間から好奇な目で見られた。本邸に入った白蓮は,水洗トイレを取り付けさせたり,昼食をパンにするなど,豪邸で贅を尽くしながら,読書や短歌創作に優雅な日々を送った。全く別の環境で育った2人は,意思の疎通も難しく,不協和音が醸成されていった。別府にあかがね御殿という別荘を建て,さらに福岡にも別邸を建て,自由三昧の生活を送らせた。白蓮は,文化人らと文学サロンを造り歌集や文芸書を出版し,華やかな境遇を楽しんだ。伝右衛門は,事業家として円熟味を増し,各業界の重役陣に名を連ねる地方財界の雄となっていた。1921年突如として白蓮の不倫「絶縁状事件」が発生する。朝ドラ「花子とアン」にも出てきたように,7歳年下の宮崎龍介と駆け落ちをして,伝右衛門との10年間の結婚生活に終止符を打った。道具蔵の中では,山本作兵衛による炭坑労働者の絵が沢山展示されていた。山本作兵衛は,1892年福岡県飯塚市生まれ。14歳から炭坑で働き,1955年まで,仕事の様子を日記に詳述。炭坑労働者を辞め,炭坑事務所の警備員だった65歳の時から,炭坑記録画を描き始めた。1984年に92歳で亡くなるまで残した絵は千点を超える。世界記憶遺産への登録は,炭坑記録画と日記,雑記帳など約700点。福岡県田川市の田川市石炭・歴史博物館には約630点が所蔵されているそうだ。
山本作兵衛炭鉱の絵 炭鉱労働者
また,NHK朝ドラ「花子とアン」の関連の展示が色々されていた。
村岡花子と白蓮
約1時間の見学の後,貸切バスでホテルに行って,昼食に白蓮御膳を食べた。白蓮が好んで食べていた料理が松花堂弁当箱に入っていた。お腹も空いていたので,美味しくいただいた。
白蓮御膳
13:30,再び貸切バスに乗って,大宰府に向かった。愈々,本命の九州国立博物館での大英博物館展の見学だ。こちらは次回に投稿する。このような豪邸を維持管理するのはすごく大変だなと思った。天井に雨洩りの跡とか,襖の張り替えなどが必要なものもあったが,以前のように修復するのは,同じ材質のものが調達できなかったりして,難しいだろうなと思った。でも,見応えのあるお屋敷だった。
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【2015/07/31 22:37】 | 旅行
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yasumama
伝右衛門さんには 余り良い印象をもっていなかったけど 白蓮さんのために沢山の努力を惜しまなかったという事は 本当は 心を通わせたかったのではと 思いながら。v-238
細部にわたり いろんな細工を惜しまず 実在の人物と思うと なんだか 不思議な気持ちさえ いたします。v-318
才気 あふれた 方だったのでしょうね~。才能と時代の波にうまく乗れたって事は なかなかの努力でも えられないものでしょうが・・・。v-356
伝右衛門さんって なかなかの ご立派で素敵な方にお見受けいたします・・。v-346
年齢差 育った環境の違いって 埋められないものでしょうか~~。あんなに広い立派なお屋敷にお嫁に行くって事・・・心細くもあったでしょう。v-390幸せって なんでしょう。ご提案 感謝いたします。

Re: yasumamaさんへ
K.N
v-55朝ドラ「花子とアン」を見ると,最初伝右衛門は,無学で粗野な成金の大金持ちっていう感じで,お金で華族という肩書の妻を貰ったという感じでしたが,v-55ドラマでも後半は,伝右衛門の度量の広さ,白蓮を大切に思う気持ちがよく表れていました。各所に,色んな趣向が凝らされて,さすが筑豊の炭坑王だなという感じがしました。父親が始めた炭坑の事業を引き継いで,成功し,教育・文化事業にも貢献し,2つの銀行を創り,衆議院議員にもなったということで,すごい人だなと思いました。白蓮の不倫の「絶縁状事件」には,伝右衛門も大きなショックを受けた事でしょう。v-356自分の思い通りにいかない大きな挫折だったのでは・・・。これらの貴重な文化遺産を維持管理するのは大変だなと思いました。


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