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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
5月26日(火)随分以前にチケットを貰っていたので,毛利博物館所蔵「毛利家の国宝・至宝展」に行った。この日は,11:00から歯科医院の予約をしていたので,歯の治療をして貰って,そのままクレアライン(高速バス)に乗って,ひろしま美術館へ行った。お昼も過ぎていたので,先に美術館の中のお店で昼食を済ませた。
ポスター ひろしま美術館での昼食
毛利元就は,室町時代後期から戦国時代にかけての安芸(現在 の広島県西部)の領主・戦国大名。弱小領主の次男として生まれながら,兄が急死し,跡を継いだ兄の息子(幼児)の後見人となり,政軍両面で辣腕を振るい,権謀術数を駆使して勢力を拡大した。山陰の尼子氏,山陽の大内氏という二雄を倒し,一代で中国地方を制覇した。国重要文化財「毛利元就画像」。
毛利元就画像
元就が,3人の息子達に結束体制を説いて,家の存続を第1に図かった「三本の矢」の逸話は有名。筆まめで心配性な父親だったそうだ。『人間五十年』の時代にあって,75年もの生涯を全うした長寿の人物でもあった。「毛利元就自筆書状(三子教訓状)=部分」
毛利元就自筆書状(三子教訓状)=部分
その死後も,周囲に影響力を遺した賢人で政治基盤は,後の長州藩の母体となった。山口県防府市にある毛利博物館は,毛利家の所有する宝物を多数所蔵し,現在に至るまで大切に守りぬいてきた。本展は,その至宝の中から,国宝・雪舟「四季山水図」をはじめとする日本伝統絵画と大名家に伝わる婚礼道具や雛飾りなど。絵画を中心とした美術品44件(79点)が出品されていた。模本《四季山水図》が2点出ていたが,このような秀品に摸本を作っておくというのは先人の優れた知恵だと思った。
毛利博物館
国宝・雪舟「四季山水図」全長16mもある長い巻物で,正副が2段に並べて展示されていた。雪舟が理想とした山水風景と人々の営みが描かれていた。
雪舟等楊「四季山水図(山水長巻)」(部分1)

                  雪舟等楊「四季山水図(山水長巻)」(部分3)

雪舟等楊「四季山水図」(部分4)
「朱塗雲龍鎗金印箱」足利義満が明に使節を派遣,臣属する見返りとして「日本国王」に任じられ,義満が「日本国王」と僭称したとし証拠として有名である。義満の金印自体は戦乱により消失したため代用品として木印が用いられた。大寧寺の変の後に大内義長により作られた木印は,大内氏の滅亡によって毛利元就の手にわたった。
「朱塗雲龍鎗金印箱」
国宝の「古今和歌集巻八(高野切)」
古今和歌集巻八
代々受け継がれ,江戸時代の大名文化の粋を伝える雅やかな婚礼衣装・道具・雛飾り。「花菱立涌に菊花束と蝶文様打掛」,「紅萌葱地山道文様片身替唐織」
「花菱立涌に菊花束と蝶文様打掛」 紅萌葱地山道文様片身替唐織
「黒塗唐草文沢瀉紋散蒔絵雛道具」,「合貝」
黒塗唐草文沢瀉紋散蒔絵雛道具 婚礼道具(合貝)
元来,宮中で用いられた木製の扇「檜扇」
「檜扇」
江戸時代の毛利家麻布屋敷から見た谷文二の「江戸麻布邸遠望図」。遠くに江戸城や海まで描かれている。
江戸麻布邸遠望図
土佐将監「洛中洛外図屏風」(部分)
土佐将監「洛中洛外図屏風」(部分)
住吉広行「舞楽図」。江戸時代の中興の藩主として評価されていた毛利重就の積極的な婚姻策により,徳川家との縁がもたらしたもの。毛利家の歴史と人々の関わりの中で,大名家の美術品は贈られ,伝えられた。
住吉広行「舞楽図」
お抱え絵師・雲谷等璠「八江萩八景図巻」=部分。萩の景観を中国の名所になぞらえて描いている。山口を拠点とした毛利家ならではの絵画作品が並んでいた。
雲谷等璠「八江萩八景図巻」=部分
丸山応挙「鯉魚図」(左),丸山応挙「鯉魚図」(右)
丸山応挙「鯉魚図」(左) 丸山応挙「鯉魚図」(右)
長沢芦雪「双虎図」,元就の長男の毛利隆元「白鷺図」
長沢芦雪「双虎図」 毛利隆元「白鷺図」
大内氏の滅亡後,中国地方の覇権をを手にした毛利元就は,その文化を引き継ぎ,雪舟や土佐派の絵師たちも重用した。こうして,積み上げられた大名家の栄華を美的側面から辿ることができ,豪華絢爛たる生活の中の美の世界を垣間見ることが出来て,有意義な半日だった。帰りは,そごう広島店を久し振りにぶらぶらして,再び,クレアラインで帰った。気温28度で,5月というのにいきなり真夏日の熱い日だった。歩数は,7,500歩位だった。そうそう,25日(月)は,関東で地震もあって,TVを見ていて吃驚!
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【2015/05/28 09:21】 | 芸術鑑賞
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二つも お仕事なさるなって・・・お元気ですね。
yasumama
歴史を紐解けばいろんな事がかんじられます。下世話に思えば その時代のものが 現存してる事 そのものが不思議におもえてなりません。v-237
元哉さんの事 見てたら ”吉川晃司さん、吉川元春の子孫。ということは、もちろん、その父である毛利元就の子孫でもある。先祖がメジャーすぎて、いまいち説明する気もしないくらい。 「モニカ」ではなく「毛利か」だと思って聴きましょう。”・・・・って書いてありますv-318いろんな末裔の方がいらっしゃって 現代まで続いてる…当たり前の事でしょうが・・・ 、信成さんもそうですね~。
ずっと以前 毛利庭園にゆきましたが その頃はなんと広いっておもっただけで 今なら 感じる所 多いにあった事と残念に思います。心に残るもの 見られて良かったですね。v-238

yasumamaさんへ
K.N
v-354永い歴史の中で,心ある人や運が良くて,現在まで残っているものがありますが,かなりの部分,消滅していると思います。戦前,家系図を作って貰った家もあったとか・・・。ルーツの偽造も多かったと思います。例え,残っていても,色んな家と縁組する中で,元のDNAは殆ど残っていなかったりして・・・。v-87歴史小説も作家により,色んな解釈があるので,何処までが真実かも分かりません。多分に,視聴者向けの内容も含まれているのでは・・・。毛利邸は博物館になっているとの事,そこからの展示品でした。「毛利家の国宝・至宝展」なかなか見れないものが見れましたよ。チケットが2人分だったら,お誘いしましたが,今回は1人分でしたので,1人で行きました。ひろしま美術館では,その日の夕方,催しがあるみたいで,v-271野外にパーティーみたいな用意をされてました。

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