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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
11月16日(土)いつもの太極拳講座の後,友だちと食事をして,チケットを貰っていたので,呉市立美術館へ「大正ロマン・昭和モダン」展~竹久夢二・高畠華宵とその時代~を見に行った。
美術館入口 垂れ幕
大正~昭和にかけて活躍した画家たちの日本画・版画など250点が展示されていた。大正という時代を反映して,その時期の文化は,文明の進歩による新しくモダンな感覚と大衆を取り巻く社会不安による退廃的で虚無的な気分を併せ持つものだったようだ。そんな中で,女性が社会参加し,意識が変わり始めた時代の大衆アートを紹介していた。雑誌の表紙,挿絵,レコードジャケットなどで,当時の雰囲気を伝える特別展だった。
竹久夢二1884年岡山県生まれ。1901年に家出して,翌年,早稲田実業学校に入学。アルバイトや書生をしながら学費を稼いだ。幼い頃より優れていた画才を活かし,社会主義機関誌の「直言」などにコマ絵を発表し,画家としての才能を開花させた。1906年,美しい年上の女性(岸タマキ)と僅か2ヶ月の交際後結婚した。この作品「港屋絵草子店」は,夢二が日本橋近くに開店した夢二グッズの店の宣伝用広告。この作品の中の男子は夢二,中央がタマキ,左は画学生(笠井彦乃)で,後に夢二と恋に落ちる。
港屋絵草子店(木版画)
1926年「春」婦人グラフの表紙絵(オフセット版画),目が大きく,まつ毛の長い女性「舞姫」
1926年春婦人グラフの表紙 竹久夢二「舞姫」
高畠華宵1888年愛媛県に生まれ。1908年京都美術工芸学校日本画科に入学。苦学の末に上京し,11年津村順天堂のイメージキャラクター「中将姫」を描き,商業広告のイラストレーターとして頭角を現した。1913年知人を介して講談社に縁ができた華宵は,「講談倶楽部」の挿絵を描き始めた。次第に同社の中で話題作の挿絵を手掛け,独自の画風を確立した。時代の風潮や流行を敏感に取り入れたうつろな視線,流行のウェーブヘアを得意とし,和洋装にとらわれず,時代の先端を行く理想の女性像を描いた。
「花をいだいて(鈴蘭)」,「南国の唄」
花をいだいて(鈴蘭) 南国の唄
「ほろ酔い」(木版画)
ほろ酔い(木版画)
蕗谷虹児1898年新潟県生まれ。母親が新聞記者と駆け落ちし,蕗谷虹児を産むが,貧困の末,虹児が12歳の時,母死去。尾竹竹坡に日本画を学ぶ。竹久夢二の紹介で「少女画報」連載の「花物語」(吉屋信子作)の挿絵を担当し人気を得た。以後,少女・婦人雑誌に絵を描き,他,叙情詩,小説も発表。童謡「花嫁人形」の作詞者。
竹久夢二「星まつり」(肉筆画),高畠華宵「あじさい娘」(肉筆画),蕗谷虹児「お留守居」「令女界」表紙絵
星まつり あじさい娘 お留守居「令女界」表紙絵
中原淳一は1913年香川県生まれ。昭和7年創作人形展で注目され,「少女の友」の挿絵画家となる。戦後は,女性誌「それいゆ」や「ひまわり」を発行して編集,デザインに才能を発揮し熱狂的支持を得た。「あしながおじさん」松本かつぢ194年兵庫県生まれ。川端画学校で学ぶ。「少女世界」「少女の友」などで活躍。代表作は「くるくるクルミちゃん」。キャラクター商品も手がけた。「みずうみのほとり」
あしながおじさん「ジュニアそれいゆ」 みずうみのほとり
橋口五葉1880年鹿児島県生まれ。1899年上京し橋本雅邦に入門したが,黒田清輝の勧めで洋画に転じ,1905年東京美術学校西洋画科を卒業。同年夏目漱石の『吾輩は猫である』の装丁を行う。1917年東京府勧業博覧会に出品し2等賞を受賞,第1回文展に「羽衣」で入選した。その後,油彩から遠ざかり浮世絵研究を始め,渡辺庄三郎を版元とする伝統的浮世絵版画制作法による新版画の創作に向かい,1915年「浴場の女」を制作,その後,「化粧の女」など五葉美人と呼ばれる独自の版画を生んだ。「化粧」(木版画)。橘小夢1892年秋田県生まれ。洋画を黒田清輝,日本画を川端玉章に学ぶ。雑誌や小説の挿絵を中心に,版画,日本画を手がける。民話,伝説をモチーフに女性の魔性を表現,度々発行禁止処分を受け,「幻の画家」と呼ばれた。「唐人お吉」(木版画)
化粧 唐人お吉
中村大三郎1898年京都市生まれ。西山翠嶂に学ぶ。大正7年「懺悔」で文展初入選,のち帝展で「静夜聞香」と「灯籠の大臣」が特選となる。昭和11年母校京都市立絵画専門学校(現京都市立芸大)教授。美人画が多い。「明眸」(肉筆画)。
明眸 
美術館のロビーで,関連グッズを販売していた。30年位前に,岡山県牛窓の竹久夢二の生家や少年山荘を訪れた時のことを思い出しすごく懐かしかった。帰りがけに,隣の入船山記念館の東郷平八郎の居宅でボランティアの方の話を聴き,最後は,友だちと近場で珈琲を飲んでお喋りして解散した。
グッズ 珈琲
その日は,9000歩弱歩いていたが,結構,疲れていた。
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【2013/11/27 11:53】 | 芸術鑑賞
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この日もよい日でした。
yasumama
中原淳一、それいゆ、河口湖中原淳一美術館に行った時の事や とても 懐かしく思い それと 古屋信子さんの挿絵を描かれた方の事や なんて とても 懐かしく 遠い昔の事、時の過ぎてゆく早さを実感しました。v-318
この時代の方って どこで認められたのか今の時代と違って 学ぶ事も世に出る事も大変だったのでは・・・。v-393
なんとなく なまめかしい感じで心が潤いました。

なんと広島市、初雪?当地もチラチラ・・・って 今日 聞きました。旅行から戻った19日までは 暖かだったけど 次の日からとても気温が下がって ブルブルです。v-276 ボツボツ 土曜がやってきます・・・。

yasumamaさんへ
K.N
v-402大正時代って,明治から,がらりと変わり,大正デモクラシーや大衆文化の花開いた時代だったようですね。竹久夢二,高畠華宵など,今までとは違った画風のモダンな絵や哀愁をおびた挿し絵などが流行したのですね。v-411中原淳一の美術館は,河口湖にあるのですか。すごく少女っぽい可愛い絵ですね。時代を反映して,大衆の生き生きした自由な表現の作品が持て囃されたようですね。結構,楽しめました。v-276昨日は,広島市は初雪だったようですが,今日は呉市も・・・?寒かったり,少し暖かだったりして,本格的な冬を迎えるのですね。練習しないで,いつもの太極拳講座がやって来ますね。v-388

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