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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
7月25日(水)市民劇場の7月例会があった。今回は,2010年4月11日の肺がんで亡くなられた井上ひさしさんの「闇に咲く花」だった。
井上やすし  闇に咲く花
キャストは,神主の辻萬長を始め,13名。時は,戦後間もなしの昭和22年。舞台は,空襲で焼かれて廊下と神楽堂だけが残った愛敬稲荷は神主と5人の未亡人たちの生活空間で,寄る辺の無い人々が集い,家族をかたち作っていた。戦争に利用された神道,そして天皇,BC級戦犯の処刑など重い問題が描かれているが,同時に,食べる為にヤミという犯罪行為を犯す市井の人々の懸命に生きる様やバイタリティーがよく表現されていた。
キャストポスター  
親を亡くし,子を亡くし,夫を亡くし,友を亡くした人々が世の中の新しい枠組みの中で無我夢中に生きていた。1人息子の健太郎を戦地で失った愛敬神社の神主・牛木公麿も,今では近くに住む5人の未亡人たちと寄り添って,闇米の調達に奔走している。進駐軍の占領下で今日を生き抜くために,人々は闇の売り買いに必死だった。女性たちは,自分の着物や貴重品などの代わりに手に入れたお米を腹に入れて,まるで身重のような格好で運んでいた。そんな夏の日,思いかけず,死んだはずの神主の1人息子の健太郎が愛敬神社に帰って来る。健太郎は,神社の境内の杉の木の下に捨てられていた子どもで神主に育てられて大きくなっていた。
舞台1
健太郎が帰ってきた事で,境内に笑顔が戻り,人々は再会を喜び合う。健太郎もプロ野球選手の夢を実現させた。健太郎は,記憶喪失になっていた。
舞台2  舞台3
稲垣は,健太郎の球を受け止めてきた元キャッチャーであり,親友。そして精神科医で,記憶喪失になっていた健太郎を医者として必死に治そうとする。記憶喪失は治った喜びも束の間,健太郎に戦地でのC級戦犯の容疑がかかってくる。戦地で野球をしていた時,相手の額に球が当たったと言う事で虐待したという事になってしまった。A級戦犯は東京で極東裁判にかけられ,BC級戦犯は,外地の49箇所で裁判が行われた。
戦争犯罪裁判開廷地  BC級戦犯裁判
言葉や生活習慣の違いから,罪の無い人が戦犯として裁かれたりしていた。反対に,アメリカの対日政策が変更され,A級戦犯でも助かった人もいた。GHQは,戦後,戦犯を捉える為に,日本軍の事情に詳しい軍人を参謀本部に雇っていて,健太郎の所にも,諏訪が訪ねて来て,健太郎を連れていく。
マッカーサー  舞台8
因みに,東京裁判では,日本の政治・軍事指導者がA級戦犯として100人以上逮捕され,このうち起訴されたのが28人。裁判の内容は,開戦に至る過程,軍の横暴,殺戮,拷問,強姦,捕虜への非人道的行為などもあり,一般庶民には初めて戦争の実態を知る事になったそうだ。今回の舞台には,一言もしゃべらないで,ギターを弾いている「加藤さん」という男の人が舞台の裾にいた。25年前から,こういうスタイルで登場しているとの事。最近では,そんなスタイルの舞台が増えたそうだが・・・。舞台の練習風景は・・・。
練習風景1  練習風景2
健太郎が,「父さん,ついこの間起こった事を忘れちゃだめだ、忘れたふりをしちゃなおいけない・・・・・僕は正気です。」,「神社は死の世界の入り口ではなく,人の心を落ち着かせるように道端に黙って咲く,名もない花のような存在でありべきだ」と言った言葉が印象に残った。戦後,67年経過したが,2度とこのような悲惨な戦争を起こしてはいけない。原爆記念日がまたやって来る。平和で,一人ひとりが,幸せに人生を全うできるようにしていかなくては・・・。
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【2012/07/28 22:30】 | 観劇
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なんとも言えなく悲しいお話。
yasumama
思いだしました。最初 ヤミシ、そう言ってました、その頃・・・なんの事って思いましたが そうでした。田舎にも お米を買いに来る人がいて 汽車の中で警察、 何とか 言ってたような気がするけど 忘れています。取られたとか捨てたとか そんな話を思いだしました。v-356お肉とか魚なんかに交換してたみたいです。農地改革・・良かった事なのかもしれませんが 我が家では 随分 苦しかったみたい。v-406健太郎のようなお話はいろいろ あったのでしょうけれど 悲しい事でした。忘れてゆく事はいけませんが 忘れそうでいけません。v-359

yasumamaさんへ
K.N
v-402私も母から,みんなで田舎の親戚に買出しに行っていたという話を聞きました。母の実家も畑をしていたので,度々貰いに行っていたそうです。戦争で配給も少ないし,家族や子どもの多い人は大変だったでしょうね。裁判官の人でヤミ米を買わないで餓死した人がいたという話も聞きました。v-356生きていくために,なりふり構わず,逞しく生きてきたのでしょうね。母の祖母の家では,農地改革で貸している土地を取られるので,事前に返して貰ったそうです。農業をした事の無い大叔母たちが苦労した話も聞きました。それに,戦争で若い多くの命が失われた事がすごく残念です。生きていれば,日本の国も変わっていたかも・・・。v-390命が大切にされなくては・・・。

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