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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
10月21日今朝もバイキングの朝食をしっかり食べて,7:15荷物を全てスーツケースに納めてホテルの部屋の前の廊下に出した。出発前にホテルIFのトイレが面白いというので見に行く。このトイレは使用した後,緑の所を押すと,便座が水平に1回転して消毒するようになっている。これだと気持ち良いね。昨年も1か所こんな所があったけど。8:15バスに乗ってケムニッツのペンタホテルを出発。
ペンタホテル トイレ
今朝は少し寒いと思っていたら,ドイツとチェコの国境付近は雪が少し積もっていた。道理で寒い。国境は,検問所の跡があったが,誰もいなくて,スーと通過できる。近くでトイレタイムを取り,みんな少し買い物をした。再びバスに乗って,220kmを一路チェコの首都「プラハ」へ向かった。
国境の雪 トイレタイム
チェコの面積は北海道位で,人口約1031万人。以前は,同じスラブ民族のチェコ人,スロバキア人が一緒になったチェコスロバキアという国だったが,1988年以降,社会主義政権に反対するデモが相次ぎ,「ベルリンの壁」崩壊後の89年12月に政権は倒れ,犠牲者を出すことなく,比較的穏やかに民主化が実現したことから「ビロード革命」と呼ばれている。さらに民主化後の民族意識の高まりなどで,93年にチェコとスロバキアに分かれた。チェコの国旗はチェコスロバキアのものを引きついでいる。プラハ到着後は,少し歩いて街並みを見ながら,昼食のため,プラハ城近くのレストランへ行った。すぐ近くには,シュテルンベルク宮殿(美術館)があった。
シュテルンベルク宮殿(国立美術館) レストラン昼
その前のフラッチャニ広場では,毎日12時に行われる衛兵交代の列が行進しているのに出会った。
衛兵
今日の昼食はチキン料理だが,チキンが嫌いな姉はお肉を残していた。
昼食1 昼食2 昼食3
食後は,すぐ近くのプラハ城の正門から,衛兵の写真を撮ったりしながら,入って行った。プラハ城内は旧王宮や宮殿,修道院などが立っている。西の正門,第1と第2の中庭を結ぶマティアス門。
城西の正門 プラハ城アチアーシュ正門
第2の中庭には,コールの噴水や井戸があった。
コールの噴水 井戸
もう少し進むと,目の前に大きな聖ビート大聖堂が見えた。市内最大のゴシック建築でカレル4世の時代(14世紀後半)から改築され,1929年聖ヴァーツラフの殉教1000年の年に完成。その間多くの建築家が携っているそうだ。聖堂の中の側面には,沢山の礼拝堂が並んでいる。
聖ヴィート大聖堂 聖ジキスモントの礼拝堂
正面のステンドグラス,入口から入って左側の手前から3番目には,ミュシャのステンドグラスがあった。
正面のステンドグラス ミュシャのステンドグラス
左の写真は「ネポムツキーの殉教の絵」で,殉教の発端になった王女の懺悔,王による追及,カレル橋から突き落とされる懲罰の3つのシーンが描かれている。いつの時代にも,絶対君主の神をも恐れぬやり方はすごく残忍だ。右の写真はネポムツキーのお墓だそうだ。ネポムツキーはチェコの守護聖人で最も人気が高い聖人だそうだ。
ネポムツキー殉教の絵 ネポムツキーの墓
聖ヴィート大聖堂を左に見た奥には,旧王宮があり歴代のボヘミア王が住居とした所だそうだ。外に出ると,聖イジー教会のユニークな建物が見えてきた。プラハ城最古のロマネスク様式で,10世紀初期の創建以後,破壊と再建を繰り返し,17世紀にバロック様式の正面が加えられたそうだ。その前を通って16世紀神聖ローマ帝国のルドルフ2世が,錬金術師を集めて住まわせたという黄金の小道を通り,マラー・ストラナ地区を眼下に眺めながら,城の下の道に下りて,街の中を歩いてカレル橋の方へ向かった。
聖イジー教会 百塔の街
途中,マリオネットの人形を売っているお店などを通って,カレル橋へ到着。カレル橋は,ヴルタバァ川に架かる橋の中で最も古い歴史を持ち,マラー・ストラナ側の橋塔で,低い塔(ロマネスク様式のユディト塔)はカレル橋前身のユディタ橋建設の際に建てられたもので,高い塔は旧市街地側の橋塔をモデルにして15世紀半ばに完成,19世紀に修復。

カレル橋の橋塔(マラー・ストラナ側) 旧市街側の橋塔
カレル橋は前身のユディタ橋が洪水で流され,13574年カレル4世の命令で石橋の建築が始まった。60年の歳月をかけて完成し,当時はヴルタヴァ川の東西を結ぶ唯一の橋で,裁判や馬上試合のほか,歴代王の戴冠式の行進が行われたので“王の道”と呼ばれたそうだ。両側の欄干には30体の聖人の彫像がある。8番目の像が,聖ヤン・ネポムツキーで,みんなが手で触った所が光っていた。橋は工事中だったが,沢山の見物客とお店や大道芸の人で賑わっていた。
聖ヤン・ネポムツキー像 演奏
橋のにぎわい
橋を通り抜けて,今度は中世の街並みをそのまま残す旧市街地を歩いて見学。広場に出てきた。そこには,宗教改革の先駆者となっとして火刑の最後を遂げたヤン・フスの像,宗教改革時にフス派の重要な拠点となったティーン教会があった。
ヤン・フス像 ティーン教会
旧市庁舎は,旧市街広場のシンボル的存在で,最初は11世紀に建てられたが,第2次世界大戦で被害を被り,大規模に修復されたそうだ。時計塔があり,毎正時には12使徒が現れる仕掛けになっている。丁度4時になったので,みんなその前でシャッターチャンスを狙った。私は,この途中でバッテリー交換となったので残念だった。 その広場に面したボヘミアンガラスのお店に入って説明を受け,その辺りで買い物をした。
旧市庁舎時計塔
その後,17:00にバスで一旦ホテルに戻り,再びバスに乗って,19:30には夕食を食べるボヘミアン舞踊ディナーショーのお店へ行った。バイオリン,コントラバス,ビブラフォンによる演奏と若い男女の踊り手のボヘミアンダンスショーがあった。途中,客が曲をリクエストしたり,客も引き出されてボヘミアンダンスを踊らされてみんなも盛り上がった。
ボヘミアンダンス ダンス
料理はパプリカが効いて辛かった。チェコのビールの一人当たりの消費量は,世界一ということなので,今夜はビールを飲んだ。
夕食1 夕食2 夕食3
ホテルには,22:00頃帰着し,明日も早いので入浴して就寝した。このホテルでの入浴は,どんなにしたら上手く入れるのか分からず苦労した。でも,その後はぐっすり
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【2009/10/31 23:33】 | 未分類
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yasumama
夕食が済んでるとはいえ10時帰ホテルとは 強行軍ですね。荷物って 廊下にだしておくとバスに乗せてくれるのですか。盗難は 大丈夫・・・なのでしょうね。国と国が 地続きで検問とかあるのかと思ったら 自由なの??どこの国も権力闘争があって 思えば わが国も そうでした。 今は 平和・・・ 有難いことです。こうして順を追って読ませていただくと 永い時間に感じません。1日、1日が あっという間にすぎますね。楽しそう


No title
K.N
yasumamaさんへ

かなり強行軍ですが,大丈夫です。色々見るものが多くあって,疲れも感じませんでした。スーツケースはホテルに着いた時は,バスからポーターさんが運んでくれ,またホテルから出発する時も廊下に出しておくと,バスまで運んでくれます。ちゃんとバスに積み込まれているか確認は必要ですが・・・。ヨーロッパの国は,EUに入っている国が多く,通貨だけEUにしている所もあります。旅行するには便利ですね。陸続きの国は,昔から侵略の危機にさらされ,国土も小さくなっている国もあります。島国の日本は,昔は外敵から隔離されてましたが,現在はそんなことないですね。平和って何よりも良いですね。


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