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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
今朝は,郵便局へ簡易書留と自動振替の手続きに行った。その後,お天気も良く少し寒さも緩んでおり,桜もあちこちで開花し始めているようなので,春のUV対策をしっかりして帰り道はウォーキングをした。郵便局の前の大きな道から長の木街道に入ると,こんな標識がある。2005年に国重要文化財に指定された旧澤原住宅の標識だ。この辺は,昔から何度も通った所だが,今朝はゆっくり写真を撮りながら歩いた。静かでなかなか雰囲気の良い所だ。
重要文化財 澤原邸1
上に向って歩いて行くと,旧澤原邸があった。その西側には,古い大きな蔵が3つある。ここは市の歴史見学会などがある場所だ。余り近くなので,いつでも行けるという感じで私は参加した事がない。
澤原邸2 三ツ蔵1
この辺り一帯は,白壁で昔ながらの雰囲気を残している家が何軒かある。この家は,玄関が格子戸で透明ガラスになっていて,中の様子がよく見えるが,何となく奥ゆかしく感じが良い。
某邸
更に上の方へ向って歩くと,長の木公園があり,桜は5分咲きってところ。公園の上の道から少し上がった所に,何か分からないけど祠があり,お地蔵さんが祀ってあった。
公園の桜 祠
長の木公園を通り抜け下の道におりた。そこから更に下の方向へ歩いていくと,スーパーの裏手に,「三ツ蔵」がある。そこへは,旧澤原家の説明が書かれた説明板があった。
三ツ蔵2 澤原家史料説明
スーパーになっている広い所も昔は澤原邸だった。澤原家は,屋号を澤田屋と称した商家で,代々庄屋などの要職を務めたそうだ。宅地は長の木街道を挟んだ東と西で,主屋等は東側にあり,主屋南に前座敷,表門,三角蔵,北に元蔵がある。街道の西側には三ツ蔵と新蔵がある。建築年代は主屋が宝暦6年,前座敷と表門が文化2年,三ツ蔵が文化6年,元蔵が天保4年である。200年前後の古い建物だ。主屋は,主体部が妻入の二階建で,四面に下屋を廻した形式で,前座敷は藩主の休憩所,宿所として建てられたもので,御成間がある。また,三棟並列型の三ツ蔵は,類例が少ない特徴ある建物である。旧澤原家住宅は,中国地方を代表する大規模商家の一つとして国重要文化財になっている。幕末から明治期にかけての思想家宇都宮黙霖が,晩年に寄留し,この地で明治30年(1897年)74歳で亡くなっているので,終焉の地として石碑が建っている。
宇都宮黙霖翁の碑
宇都宮黙霖は,20歳を過ぎてから遊学中の大阪で大病を患い長浜に帰って療養するが耳が不自由になり筆談を用いることとなったそうだ。弘化2年(1845年)22歳の夏に得度して本願寺の僧籍に入るが,この頃から国学研究を深めて勤皇論を唱え始めたそうだ。その後40数カ国を巡り識見を広めつつ,1000人とも言われる漢学者や国学者と議論を展開し,勤皇思想を固めた。なかでも知行合一の実践哲学を奨励する陽明学の影響を多分に受け,嘉永5年(1852年)に幕府の老中,阿部正弘に「尊王抑覇」の論稿を送ったため,幕府や広島藩から危険人物として追われる身となった。吉田松陰と一年以上23通の文通をし,当時急進的であった尊王思想や倒幕の必要性を訴え続けた事で,松陰の考え方を極端に変えたそうだ。説明の標識にも書かれているが,インターネットにも,あちこちに関連サイトがある。地元のことでも,今まで余り分かっていなかった。
解体工事
「三ツ蔵」の前から,今度は上の方へ向って歩くと,こんな解体工事をしている所があった。この所の不景気で,売家や入居者募集の看板がやたら目立つが,壊して更地にするのかな?結構,更地にしている所も多い。それにしても,この世界的金融恐慌からの景気回復はまだか,明治維新で活躍したような有能な人は現れないのかな・・・。
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【2009/03/30 17:43】 | 未分類
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No title
kawaii155cm
こんな所がありましたか。

旧澤原住宅への道は一方通行の道ですか?

なにやら風情があっていいですね。

国の重要文化財だから中を見せていただくわけにはいかないのでしょうね。

ワタクシも呉に来て長いのに、呉のことを何も知りません。

せっかく、呉に住んでいるのだから、呉のことをもっと知ると、何につけても、楽しめるのでしょうが・・・。

なかなか・・・。

ほんと、ますます撮影がうまくなられましたね。


No title
K.N
kawaii155cmさんへ

我が家を少し下ったMスーパーの東側です。昔は車社会でなかったので街道は狭いですね。あの辺り一帯は,昔ながらのクラシックな感じの家があります。車をおいて,長の木街道を涼岩辺りまで上に向って歩くと,運動にもなるし,色んな景色がウォッチング出来ますよ。Mスーパーの所も昔は大きなお屋敷で壊しているところを見ましたが,トイレでもすごく広くて立派でした。身近な所で歴史が学べます。「三ツ蔵」は地震の被害にも遭い,現在は呉市が修復して管理しているようですよ。


No title
きまま
見慣れた町もゆっくり歩いてみると新しい発見があるものですね。澤原邸の見学会は参加したことがあります。邸内や三ッ蔵をゆっくり解説を聞きながら見て回りました。宇都宮黙霖についても詳しく説明していただき、呉にも凄い人が住んでいたんだなぁと感心しました。近くなので見学会に是非一度参加してみてください。


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K.N
きままさんへ

ホント昔から見慣れた場所です。娘時代にあの白壁の前で和装で写真を撮った事があります。古いものを保存するのは大変ですが,残して欲しい文化財ですね。きままさんは,見学会に行かれたのですか?今度市政便りに載っていたら私も行きます。こんな鄙びた呉にも歴史を動かすような偉大な人物がいたなんて,驚きです。


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yasumama
もう4月にはいりました、でも寒さは冬ほどでもないけど風が冷たいですね。以前万惣に豆乳を買いに行ってました。主人と澤原家はよく眺めたものでした。でも最近はご無沙汰です。前座敷,表門,三角蔵,北に元蔵なんて拝見した事はありません、それに歴史的に関りがあったなんて全然しりません。豪商で庄屋さんであることくらい。随分詳しくていらっしゃって勉強になりました。


No title
K.N
yasumamaさんへ

数年前,我が家へ太極拳の皆さんでおいでになった時も,この辺をご案内しましたね。Wさんが「主人が・・・」というのを覚えています。歴史的な事はなかなか覚えられないですね。でも,呉にもすごい人がいたし,そんな人を支える豪商もいたのですね。私と同じ名前の人も,宇都宮黙霖さんと交流があったそうです。近くでも知らないことが多いし,間違って投稿するといけないので,インターネットで調べました。


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sa-sa
以前Mスーパーへ一緒に買い物したとき、三ツ蔵を案内してもらい感動したことを覚えてます。身近にこんな佇まいのところがあったということと、吉田松陰と関わりのあった人がいたということにです。細かいことはほとんど忘れてますのでブログに載せてもらって良かったです。





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K.N
sa-saさん

スーパーの所は以前は大きなお屋敷でした。その後会社の社宅になり,スーパーになりました。すごく珍しい木なども沢山植えられていて,宮様などが泊まられたそうです。子どもの頃,その屋敷を取り壊している所を見た記憶が鮮明です。その辺りは今なおそんな風情を残しています。 NHKの朝ドラの川越も古い街並みを残して良い所ですね。案内して貰った事を思い出しますよ。


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