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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
6月4日(土)朝,目覚めるとホテルの部屋の前には,エーゲ海?が大きく開けていた。
朝の海
着替えて,7:30に前日夕食を食べたテラス席で朝食を食べた。朝の海風がすがすがしい。パンと飲み物は,選べるようになっていて,2種類のパンと健康に良い小松菜のスムージーを選んだ。勿論,食後は珈琲。洒落た雰囲気で美味しくいただいた。
朝食1 朝食2
9:15ロビーに集合,支払いを済ませ,荷物はフロントで預かって貰った。9:30牛窓散策に出かけた。曇り空だが,何とか雨も降らなくて良かった。
牛窓地図
まずは,海遊文化館へ行った。ボランティアガイドの方が待っておられ,海の堤防の由来とか,海遊文化館について説明があった。海遊文化館の建物は,旧牛窓警察署本館で,1887年西大寺警察署牛窓分署として建てられ,1977年まで警察署として地域の陸・海の治安維持の役割を担ってきたそうだ。和洋折衷の擬洋風建築になっており,国登録有形文化財になっている。
海遊文化館 海遊文化館1
入館料300円支払って,建物の中に入った。最初に,だんじり展示室で説明を受けた。牛窓秋祭りで「だんじり巡行」があり,町内には,岡山県重要有形民俗文化財指定の「だんじり(山車)」が8基あるそうで,いずれも舟形で江戸時代から明治にかけて造られ,中国の「四霊(麒風亀竜)」などをモチーフにした精密な彫刻が施されている。
だんじり展示
海遊文化館の奥に,朝鮮通信使の資料室があった。私は,以前訪れたことがあり,その時より展示は充実していた。江戸時代の1607年~1811年の200年余りの間に,徳川将軍の襲職慶賀などのために,前後12回にわたり,朝鮮からの使節団が江戸往復の途中,牛窓へ15回の寄港,9回の宿泊をしているそうだ。広島県では,蒲刈・鞆の浦なども同じく,使節団が訪れている。大陸の文化を吸収しようと,地元では使節団を歓迎して,手厚くもてなしている。
朝鮮通信使船団図

朝鮮国信使絵巻
朝鮮通信使巡行のジオラマ
朝鮮通信使巡行のジオラマ 
朝鮮従事官が記載した当時の牛窓
朝鮮従事官が記載した当時の牛窓
朝鮮通信使の服装や朝鮮通信使にかかわった人たちなども紹介されていた。
朝鮮通信使服装  朝鮮通信使にかかわった人たち
次に,すぐ近くの本蓮寺へ行った。本蓮寺は,南北朝時代(1347年)大覚寺僧正の法華堂建立に始まる法華宗の名刹。江戸時代には朝鮮通信使の接待処にあてられていた。
本蓮寺 朝鮮通信使遺跡
本堂・番神堂・中門は国の重要文化財,三重塔は海辺のものとしては全国唯一だそうだ。番神堂は,右側の大木の根が張って,門が傾いていた。その大木は切られ,木株だけになっていた。
本蓮寺本堂 本蓮寺番神堂
お天気がおもわしくないので,辺りは暗い感じだった。山門と三重塔。
本蓮寺山門 本蓮寺三重塔
本蓮寺を出て,街並みを散策していると,あちこちの玄関にお守り板が付けられていた。また,卯建が屋根の上に付けられている家もあった。
お守り1 卯建
次は,関町だんじり小屋に行った。大きな龍のだんじりが超リアルな感じ。さらに,中国銀行跡の街角ミュゼ牛窓文化館へも行った。龍の山車 街角ミュゼ牛窓文化館
街角ミュゼ牛窓文化館の中には,服部家(有数の商家で,牛窓でオリーブ園を造成した)の本家の家の間取り図などが展示されていた。少し奥に入った所の朝鮮通信使ゆかりの井戸に行った。1645年造られ,井戸の側石にその由来を記した碑文が刻まれていた。
本家の間取り 朝鮮通信使ゆかりの井戸1
11:30昼食は,近場の寿司屋に入って食べた。ホテルで同室だった4名は,ボランティアの方の厚意で,車で少し離れた「服部家」に案内して貰った。家をぐるりと1周するだけでも,かなりだった。
昼食 服部家
12:45ホテルロビーに集合。13:00ホテル発の無料シャトルバスに乗って岡山駅に向かった。この頃,とうとう雨が降り始めた。私たち数名は,途中下車して,雨の中,岡山城と後楽園を見学して,岡山駅から新幹線に乗って帰路についた。
岡山城の紹介天下人となった豊臣秀吉に身内並みに厚遇されて大大名となった宇喜多秀家が1597年秀吉の指導を受けて築城した。西を警戒した城構えのため,東面には防御の堀がない。天守の壁に黒漆の塗りの下見板が取り付けられ,「烏城」とも呼ばれた。天守閣が不等辺五角形,その上に長方形,正方形と平面を変形させながら積み重ねているため,方向により異なる姿を見せる。秀家は,関ヶ原合戦で西軍の主力として参戦7したが,敗走。流配先の八丈島で,城主時代より長い期間の余生を過ごした。秀家に代わって城主となった小早川秀秋は城域を拡張して新たに外掘を設けるが在城2年で夭逝。その後は城主として池田家が入り,表書院や月見櫓を整備した。1945年の空襲で焼失したが,1966年にコンクリート造りで再建された。石垣,不明門
岡山城1 不明門
天守閣 (城の中は,撮影NGだった
岡山城天守閣
金鯱,廊下門
金鯱 廊下門
後楽園の紹介城主が池田家に代わり,1632年池田光政が国替えで入国し,以後その子孫が岡山藩を継いだ。2代は政務の合間を過ごす広大な庭園を造り,四季の移り変わりを心ゆくまで楽しんだ。3代は園中央に唯心山を築き,水路を改変して座敷から眺める庭園を歩いても楽しい庭園にした。5代は,倹約のため,田畑の代わりに芝生を植え,世相を反映した改変をした。幕末までに現在のような景色が出来上がった。1871年後楽園と改称され,1917年池田家から岡山県に譲られ一般公開が始まった。兼六園,偕楽園と並び,日本三名園となった。
月見橋を渡り,南門から後楽園に入った。
後楽園1 後楽園2
大きな鯉が沢山寄って来た。園内には,タンチョウツルもいた。沢の池の中央には砂利島があった。
鯉 砂利島
延養亭,隣りに岡山城が見えた。
鶴鳴館 隣りに岡山城
後楽園からはタクシーで岡山駅に行き,みんなと別れた。新幹線の時間もあり,雨の中,足元も悪いので,ゆっくり見れなかったので残念!今度はゆっくり遊びに来ようと思った。次回のクラス会,3年後とか言っていたし,幹事さんも決まったので,皆さん,また元気でお会いしましょう。幹事さん,お世話になりました。
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【2016/06/12 11:35】 | クラス会
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yasumama
地名の由来ってわかりにくい感じですね~。,「牛転び・・・・牛窓って素敵な名前に代わってゆくところが不思議・ロマンティックな地名になってv-221
雨も降らない中いろんなところを巡られて もう少しのところでi-3とは・・・・待ってくれてもよさそうなものに・・・って訳にもゆきま
せんね。

今回 お借りしたv-87・・随所、身に沁みました・・・もう少し お年は上のようですが 全部・全部私の心の中を見透かされ叱咤疫癘された感じでした~~、でも 日々、強く感じた事も 失われてゆくのです・・。元の木阿弥かな~。v-355

yasumamaさんへ
K.N
v-410地名は,長い歴史の中で,色んな出来事を踏まえて付けられたのでしょうね。その地名から,個人の氏になった場合も多いようです、私の名前もそうですから・・・。牛窓というと,私は,牛が牛舎で餌を食べて,首を出している姿を思い浮かべますが,風光明媚な景色,穏やかな海風が相まって,まるで地中海のリゾート地のような雰囲気になり,地名もそれに伴って,ムードあるイメージになっていったのでしょうね。e-481雨の岡山城,後楽園も風情がありましたよ。借りた本,自然体でさらりと読める本でしたね。でも,私は余り印象に残らない本でした。当然と言えば,当然というと感じで・・・。v-388最近,感性が鈍って来たのかしら・・・。

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6月3日(金)・4日(土)と1泊2日で,大学時代の同窓会ではなくお泊りクラス会があった。目的地は,岡山の牛窓。中国地方~関東地方と色んな所から級友たち15名と先生1名が集った。
6月3日(金),新幹線で岡山駅へ。昼食を軽く済ませて,岡山駅から13:00発のホテルの無料シャトルバスに乗った。所要時間は約1時間。
牛窓地図
牛窓に入った頃,運転手さんが,「ホテルに行く前にちょっとオリーブ園によってあげよう」と言われ,バスで連れて行って貰った。細い道をくねくねと頂上まで上がった。地図の黄色の線を上方向に行った所に,オリーブ園があった。天気も良かったので,オリーブショップの屋上から眼下に,日本のエーゲ海と言われる青い海と牛窓の島々が見えた。今夜の宿のホテルリマーニも見えた。
牛窓オリーブ園1

眺望 ホテルリマーニ1
オリーブ園は,岡山有数の商家・服部家が1942年「オリーブは栄養も良く,薬用,灯用にもなり,自然も守る」として,牛窓の丘陵地にオリーブを植樹した。現在,10ha,成木で約2000本栽培し,食用・化粧用に利用されている。また,オリーブ園には,幸福の鐘,赤屋根,ローマの丘など見所があるようだったが,ホテル到着の時間が決められているので,再びバスに乗り,山を下り,ホテルへ向かった。宿泊するホテルは,海辺の地中海風ホテル「リマーニ」だった。何人か,先着の方がいたが,殆どは,この無料シャトルバスで来るようにしていたので全員そろった。  (※ ホテルの外観の写真は,翌日に撮影したので,曇り空でパッとしていない)
ホテルの外観 ホテルリマーニ5
しばらく,お互いに懐かしくて話に華が咲いた。15:00チェックインなので,部屋に案内して貰って,荷物を置いて,ロビーに集合し,徒歩で近くの「きらり館」へ行った。そこでは観光案内と地元の土産品の販売をしていた。少し高い所に,本蓮寺が見えた。こちらは明日行く事になっている。
きらり館 本蓮寺
きらり館で聞いた話で,沖に見える黒島ヴィーナスロードに行って見ようということになり,船を交渉して,黒島へ行った。干潮の時だけ現れる砂浜の道。黒島の隣りの中ノ小島,端ノ小島の3つの小島が弓型につながり,歩いて渡ることができるとのこと。大学時代に戻ったように,みんなはしゃいで,ヴィーナスロードを歩いた。
ヴィーナスロード1 ヴィーナスロード2
ヴィーナスロードから見たホテルはこんな感じ。段々,港が近づくにつれて,ヨットハーバーも見えてきた。
ホテルリマーニ3 ホテルリマーニ2
17:30ホテルのプールサイドで,集合写真を撮った。西日で撮りたい背景では,人物が暗くなって困った。18:00~テラス席で夕食だった。まずは,元気で会えたことに感謝して地ビールで乾杯!この地ビール,麦だけでなく,お米も入っているんだって・・・,チョッと変わった味がした。
集合写真 地ビール
料理は,ギリシャ料理で,どんな献立かメモを貰ったが,馴染みが少なく,何かピンとこなかった。 
1.プスモ?,2.メゼ・ピアテラ(前菜)
1.プスモ 2.メゼ・ピアテラ
3.ティロピタ(チーズパイ),4.スズキのプラキ(オーブン焼)
3.ティロピタ 4.スズキのプラキ(オーブン焼)
5.ヴォフィーノ・ブリゾーラ,6.グリーク・サラダ
5.ヴォフィーノ・ブリゾーラ 6.グリーク・サラダ
最後に,ケーキと珈琲or紅茶。ケーキは何種類かの中からみんな好きなケーキを選んだ。珈琲or紅茶は,冷めないように南部鉄の茶釜で注いでいた。こんなの初めて見た。
デザート 珈琲を入れる
テラス席は,最初,西日が射して,眩しかったが,段々に夕日が沈み,美しい夕焼けに変わった。それから,夜の帳に・・・。
会食2 ホテルリマーニ4 

会食1 夕暮れのハーバー
すっかり,夕日も沈み,薄暗くなった。テーブルのランプが美しく映える。
夕陽1
食後,先生の部屋にみんな集まってミーティング。幹事さんから翌日の旅程の説明があり,連絡網の穴埋めをして,次期幹事さんも決まった。先生は,大学の略歴を説明され,退官されてから習い始められたことなど色々話され,披露された。22:00には解散して,2Fの展望浴場で入浴して,就寝した。疲れていたので,ぐっすり明日は,午後から雨が降るらしい
客室 展望浴場

【2016/06/08 21:12】 | クラス会
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yasumama
牛窓 ・・・なんて良い 響きですね~。v-22
何度か訪れ懐かしく思いだされます。
主人の友人が牛窓にいらっしゃって「リマーニ」を教わりました。
地中海は知りませんが なんとなく異国状諸あふれてた気がします。
オリーブ園・・・ご一緒いたしましたよね。v-364
船を交渉して体験なさったって 素敵ですね。 さすが~~って思います。
同じ道を歩いてこられた方との語い、弾んだ事でしょう。v-266

今日の尾道の火事 大変みたいでした。TVでみて・・・、私もあの心配が一つ 減っただけ 有難く思えます。v-355

yasumamaさんへ
K.N
v-361牛窓という地名の由来が出ていました。昔,ときの工合が牛窓の海を通過しようとすると,牛鬼が現れ舟をひっくり返そうとした。そこへ住吉明神が現れ,うみへ牛鬼を投げ入れた事により,「牛転び」という言葉が生まれ,それが訛り「牛窓」になったとか・・・。v-471地中海のような素敵なホテルに泊まりました。15年位前に行った時も,そのホテルはありました。オリーブ園,行きましたね。その時,バラ園とか,造り酒屋にも行きましたね。ヴィーナスロードは,フランスのモンサンミッセェルを小さくしたような感じで,干潟を歩いて行きました。e-169船の交渉は,他の方がされました。懐かしい面々に会えて,20歳に戻った感じがしました。v-55尾道の火事,TVで言ってましたね。yasumamaさん所は安心ですね。

楽しかったです🎵
sachi
シャトルバスに乗ったときは、大半の人が??? でも、五分もすると……
黒島ヴィーナスロードは、ラッキーでしたね。タイミングよく干潮に出会し、交渉上手な友のお蔭で格安で船をチャーターでき、と。
ドイツにいHさんにも見せてあげますね。
きれいに纏めてアップして下さり、有り難うございます。


sachiさんへ
K.N
v-235今回のクラス会は遠方よりいらした方も多くて盛況でしたね。特に,マンドリンクラブは貢献してますね。長いことお会いしていない方が多くて,思い出すのが大変でした。でも,この2日間,大学時代にタイムスリップしたみたいで,楽しかったですね。ヴィーナスロードもラッキーでした。Hさんは,ドイツとは,また遠い所ですね。私は2回旅行したことがありますが・・・。お会いしたかったです。では,お元気で,次回も参加しましょう。v-410

クラス会
e.Hi
ドイツにいながら、岡山でのクラス会の様子を詳しく知ることができました。ありがとうございます。人物写真がシャープでないので、どなたかわからず、残念ですが、なつかしいですね!!

e.Hi さんへ
K.N
v-410ホントお久しぶりですね。大学を卒業してから,50年近くになります。ドイツでの生活はどんなですか。私は,定年を過ぎて,2回ドイツに行きました。自分が抱いていたイメージとは違って,良い国だなと思いました。v-233ベルリン,ローテンブルク,ハイデルブルクロマンチック街道,マイセン,ドリスデンなど行きました。ヨーロッパは殆ど行きました。現在は,治安が余り良くないようなので,見合わせています。クラス会の写真,blogに載せる場合,プライバシーのこともあるので,モザイクにしています。パソコンのメルアドが分かれば,写真を添付ファイルで送りますよ。お元気で。v-423

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