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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
今年は,9月16日(土)~18日(月)が連休になった。しかし,台風18号が日本列島を縦断して,各地に被害が出た。長男夫婦は,この連休を利用して帰省することにしていた。9月15日(金)会社を少し早めに出て,新幹線に乗って広島へ来た。20:30に呉駅に到着するので,迎えに行った。夕食は帰宅してから食べると言ったので,あらかじめ用意しておいた。
9月15日夕食
9月16日(土),私は午前中太極拳講座に行き,昼食は,れんが通りで待ち合わせて,食べることにした。
いつも太極拳の友だちと行くM珈琲店で,息子たちは,海自カレー(掃海母艦ぶんご)を食べて,私はパスタセットを食べた。海上自衛隊の艦艇は,毎週金曜日の昼食時にカレーを食べる習慣があり,長く公開している隊員が曜日感覚を忘れないようにするためにそうしているそうだ。それぞれ艦艇独自のカレーのレシピを持っており,艦艇の数だけレシピがあるそうだ。
ぶんご 三河屋
夕食は,焼肉&ソティーを食べた。
9月16日の夕食
9月17日(日)は,台風18号が午後,広島に最接近するそうで,TVの台風情報のニュースや携帯に何度も緊急避難準備のメールが入り,その度にギクッとした。午前中,以前より買い替えを考えていた冷蔵庫を買いにエディオンに行った。(今までの冷蔵庫より少し大きめだが,空きスペースにピッタリと収まった)取り付けは,19日(火)午前中の予定。午後は家でゆっくり過ごし,夕食はすき焼きを食べた。
9月18日(月)台風18号は,日本列島を縦断して東北・北海道に向かったので,こちらは,晴れて良いお天気なった。予てより,行きたいと思っていた『しまなみ海道』に,3人で車で行くことにした。東広島呉道路を通り,山陽自動車道を通って,福山西インターで,しまなみ海道方向の道を進んだ。
しまなみ海道地図
尾道大橋を渡り向島へ。因島大橋を渡り因島へ。因島北ICを降りて,水軍城へ向かった。全景はこんな感じ。
水軍城全景1
階段を上がり,城門をくぐり,さらに階段を上がると,水軍城の資料などが展示されている一連の建物に着いた。
城門 水軍城1
本丸入口には兜が展示され,入館すると,水軍城に因んだものが,分かりやすく説明され,展示されていた。
水軍城2 水軍城3
二の丸には,水軍戦法会議をしている人形が展示されていた。すごくリアルで迫力があった。
水軍戦法会議 水軍戦法会議説明
隅櫓には,水軍城まつりの写真などが展示されていた。展望台になっていて,2Fから眺めると,本丸はこんな感じ。
水軍城隅櫓 水軍城全景
日本遺産に認定されることが決定したそうだ。水軍城についての説明板などもあった。因島村上家は,中世瀬戸内海の中心にあって114,500石を領有した海の大名で数百年にわたって瀬戸内海の制海権を握り,幾多の合戦に参加し,遣唐使船の警護などもしていた。1555年毛利氏と陶氏が戦った厳島合戦で毛利氏に加勢し勝利をもたらした。1576年木津川口海戦では,毛利警護団の一翼を担い,織田信長の水軍「を壊滅させ,毛利氏の勝利に大きく貢献した。「襲う」「奪う」よりもむしろ「守る」村上水軍は,この地を渡る船の安全や祖先から受け継いだ信仰,かけがいのない穏やかな暮らしや大名顔負けの優雅な文化,美しい瀬戸内海の風景を守ってきたそうだ。
日本遺産認定決定 水軍城の説明
そこから,しまなみ海道の道路に入って,途中で,アナゴ丼の昼食を食べた。煮アナゴで美味しかった。
アナゴ丼
更に,しまなみ海道を進み,生口橋,多々羅大橋,大三島橋,伯方・大島大橋,来島海峡大橋を通り,愛媛県今治市に入った。来島海峡SAでソフトクリームを食べて,再び,来島海峡大橋を渡り,大島南ICで降りて,亀老山展望公園に行った。約1300年前,光り輝く黄金の観音様を背負った大亀を旅の僧が大島の海岸の洞窟で見つけ,その観音像を持って,七堂伽藍を建立したことから,亀老山という名前が付いたそうだ。
亀老 亀老山展望公園展望台
遥か遠くに対岸が見え,360度大パノラマの海が広がっている。小島があちこちにあり,その間を来島海峡大橋が連なっている。まるで,箱庭みたいな素敵な景色が広がっている。
亀老山展望公園からの眺望 亀老山展望公園から来島海峡大橋の眺望
再び,大島北ICから,しまなみ海道に入り,福山西インターから山陽自動車道,東広島呉道路を通って,家路についた。片道約2時間だった。お天気も良く,余り渋滞にも合わず,快適なドライブだった。夕食は,餃子・春巻き・小松菜の煮びたしなどを食べた。
9月19日(火)9:00,明日からの勤務のため,新幹線で帰って行った。今度の帰省は,年末・正月になる。みんな元気で過ごして欲しいなと思った。
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【2017/09/20 20:12】 | ドライブ
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yasumama
3日間 それは 忙しくもあり 有意義な日を 過ごされましたね。
やはり お若い方と 触れ合えば 一層の気力UPというか 嬉しいですね。
村上水軍・・お城 何度か行きましたが もう 忘却の彼方。v-393
時々 思うのは 昔の戦って 戦況をみて どちらにつくかって事もあったでしょうし 戦略を立てるに軍師・大将・どうなってどうなるのやら・・。
小早川隆景??は 歴史って はかりしれません。そして この 頭脳では 忘れるほうが早いんだから・・・。
でも、 遊ぶ日程は わすれてませんから よろしくv-426
ああ~、私には あなご丼しか みえません。
ボツボツ 11時 お腹すきました。
焼肉も お刺身も 美味しい😋ですね~~。
まだまだ、〇〇の日には 関係ないですね~~。
行くべきか 行かざるべきか それが 問題だ・・なんて。v-364

 yasumamaさんへ
K.N
v-466この3連休,台風18号に見舞われ,長男夫婦が帰省したのに,余り,あちこち行けなくて残念でした。でも,台風も大したこともなく,18日は晴れたので良かったです。水軍城は,息子たちが小学生の頃で遥か昔です。しまなみ海道には,v-448車で何度も行きましたが,最近は,とびしま街道の方ばかり行ってました。昔の記憶も朧げです。海の大名と言われた村上水軍,瀬戸内海の制海権を一手に握り,大きな勢力を持っていたとのこと,「村上水軍の娘」という本にもなっていますね。v-377食事もみんなで食べると美味しかったです。v-275

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御手洗で昼食を終え,地図を見ながら,今まで余り見ていない所を散策することにした。風は強いが,日差しはすっかり春で暖かい。今回は,赤丸でマーカーした所を散策した。地図の左上には,2004年の台風19号で,海水に浸かった潮位が書かれた所があった。

御手洗地図
まず,江戸時代に築造された大きな波止場「千砂子波止」。対岸に先ほど行った「観音崎」が見えた。波止場の石垣の石に,昔,石工が彫った鶴と亀があるということで探したが,鶴しか見つからなかった。昔の石工は,自分の技に誇りを持っていたことがうかがえる。
千砂子波止 対岸に観音崎
海運の神様の「住吉神社」に行った。住吉神社というのは,あちこちにあるが,住吉造の社殿は全国的にも数少ないそうだ。石の太鼓橋を通り,江戸時代に造られた石の高燈籠を過ぎて,町の案内板の所から,海岸沿いの道を歩いた。旅人をもてなした三軒長屋の「船宿」の前を通った。
舟宿 若長さんの店
舟宿の若長さんのお店には,娘のインフルエンザをもらったのでお休みという張り紙がしてあった。隣で「おちょろ舟」のミニチュアを作っておられる御手洗最後の船大工の方の店も閉はまっていた。御手洗は,昔,風待ちの港で,沖に停泊する船 に向かって「おちょろ舟」は遊女を乗せて漕ぎ出していたそうだ。少し先のお食事処は営業していた。
お食事処
そこから左に入り,「大東寺」に行った。youkoさんが,境内の大きな楠に吃驚して,それで入って見ることにした。根もしっかり張り,すごく大きな木だった。
大東寺の楠木 楠木
大東寺から奥に入って,階段を上がった所の真言宗「満舟寺」に行った。境内には,芭蕉百回忌に建てられた「誰彼塚」や,伊予俳壇の中心人物で小林一茶とも親交の厚かった栗田樗堂の墓もあった。巨大な石垣境内は,豊臣秀吉が四国攻略の際に,加藤清正によって築造させたという伝承があるそうだ。
満舟寺 誰彼の塚
次は「若胡子屋跡」に行った。江戸時代に広島藩から免許をもらった御茶屋で,屋久杉など上質な建材で作られた佇まいは,花町御手洗の隆盛を極めた時代の面影を残している。
若胡子屋
この建物の中に,「中村春吉」(1871-1945)の紹介記事や写真が展示されていた。御手洗に生まれたが,22歳~26歳までハワイに移住。帰国して,下関で英語塾を開くが閉鎖。1902年自転車による世界一周無銭旅行に出発。中国→シンガポール→ビルマ→インド→イタリア→フランス→イギリス→アメリカ経由し,帰国。「霊道法」という精神的医術による治療の普及に努め,1923年関東大震災では,被災地で治療ボランティアをされたそうだ。東京で治療所を開設,老後は御手洗で過ごされた。
中村春吉の記事 中村春吉ボストン
隣の「天満神社・天満宮」に行った。今まで素通りしていたが,今回は中に入って見学した。「御手洗(みたらい)」という地名の起こりは,神功皇后が,三韓侵攻の時,この地で手を洗われたという伝説。もう一つは,901年,菅原道真公が大宰府に左遷された時,九州に向う途中で,この地に船を着け,天神山の麓で,口をすすぎ,手を洗われ,お祈りをしたという伝承。
天満宮 菅公の碑
左下の写真は,天満宮可能門で,これをくぐると願い事が叶うと言われている。くぐって見たが,お願い事をするのを忘れていた。
天満神社 天満宮可能門
天満宮の奥に,「菅公御手洗いの井戸」があり,深い信仰を集めているそうだ。正月の書き初めに,この井戸の若水を使うと文字が上手になるといわれている。
菅公の井戸
天満神社の境内には,中村春吉の石碑や旧居があった。旧居は,誰も住んでいないので,すごく荒れていた。
中村春吉の碑 中村春吉の旧居
そこから,江戸の町家の前を通り,「旧柴屋」に行った。町家の入口には,どの家も綺麗に花が活けられていた。
軒先の花 旧柴屋
旧柴屋の中は,古い文書や楽器(和楽器・オルガン)などが展示されていた。季節がら,立派な雛人形も飾られていた。
オルガン 雛人形
奥の蔵には,伊能忠敬の測量地図などが展示されていた。1800年前後の時代に,こんなにも精巧な地図が作成出来たものだと,吃驚した。
伊能忠敬測量図 伊能忠敬測量日本全図
古い町家が美しく並ぶ通りを歩き,郵便局の所を左に曲った。以前,TVで紹介された時計屋さんの前も通った。
古い町家 松浦時計店
少し行った所に「乙女座」があり,開いていたので,入って見学した。昭和初期のモダン劇場を復元 。中は「花道」,「奈落」,2階部分には「桟敷席」が設けられている。古い映画のポスターが貼られていた。
乙女座 乙女座内部
駐車場まで帰る道すがら,100円均一で蜜柑を売っていたので3つほど買った。帰宅後,食べてみたが,すごく美味しかった。帰りは,食事の時に貰ったチケット?で安芸灘大橋の通行料が無料になった。安全運転で家まで無事帰宅した。これで,車のバッテリーも当分心配無しで良かった。今回,御手洗の新しい発見もあり,楽しいドライブだった。

【2016/02/17 15:02】 | ドライブ
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yasumama
あ~~懐かしいv-22
「おちょろ舟」のミニチュアを作っておられる御手洗最後の船大工の方の店も閉はまっていたとありますが・・・閉店?少し お年を召されてたので・・・でしょうかね~。残念ですね。v-354
最近は思うのです。月日の変わりがいかに早く(前も思ってたけど)容赦なく過ぎてゆくのか・・。v-354
毎日を大切にと 思えども なんとなく過ごしてしまうのです。
お花は今でもちゃんと活けてあるのですね。 永い歴史がありますね~~。
おや もう1日終了です。図書館でお借りした本「へろへろ」 読み終え さてさてTさんの本に入りました。いろんな次元の本があって頭の切り替え必要です。v-356

yasumama さんへ
K.N
v-278寒い朝ですが,お天気は良さそうです。とびしま海道へ行った日も,天気予報に反して,風は強かったですが晴天でした。海の波もすごく荒かったです。「おちょろ舟」の船大工さんは,どうしてお休みだったのか分かりません。寒い時期でもあり,観光客は多くないので活気がないですね。v-402年月,時間は,誰でも等しく流れて行きます。その一時をいかに充実して生きるかが大切なのかも・・・。わたしは,リタイアしてから,マイペースでのんびりと過ごしていますが・・・。時間を大切にしていきたいものです。町家の玄関先の花,どの家も綺麗でした。何となく,暖かくもてなされている気持ちになります。v-410暖かくなったら,みんなで旅行に出かけましょう。

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2月13日(土)は雨で,翌2月14日(日)も天気予報では,曇りと雨だったが,予報に反して,雲はあるものも朝から晴れていた。少し前に,近場のyoukoさんから,『とびしま海道』の終点「岡村島」の観音崎に行こうと誘われていたので,youkoさんの友だち1名も一緒で,私の車で出かけた。2・3年前に数回訪れているので,珍しくはないが,久し振りに訪れるのも良いかなと思った。
とびしま海道の地図
安芸灘大橋→蒲刈大橋→豊島大橋→豊浜大橋→平羅橋→中の瀬戸大橋→岡村大橋の7つの橋を通過して,家から1時間程で今治の岡村島の観音崎に到着した。お天気は回復しているが,風がものすごかった。強風にあおられながら,観音崎と銘打った石碑が見える所まで上がって行った。
観音崎
紅白・ピンクの梅林があり,丁度見頃だった。すぐ近くに,諸国行脚の際,病床に伏して余命わずかな時に詠んだ良寛辞世の句碑があった。
紅白の梅林 良寛の辞世の句
近くに,「一願地蔵」,「首無地蔵」などもあった。
一願地蔵 首なし地蔵
岬の上には,「釈迦堂」や「白石山観音堂」があった。観音堂は,釘を使わず楔留めだけで建てられたお堂で,中には大同年間(806~810年)に弘法大師が一刀彫りで造ったとされる救世観音像が安置されているそうだ。
釈迦堂 白石山観音堂
「常夜燈」があり,その階段を上がった所の眺望はすごく良いそうだ。近くに最近出来たのか,「安芸灘の風 発祥地」という歌詞と島々の地図を刻んだ石碑があった。「安芸灘の風」はレーモンド松屋作詞・作曲で,「キャン有線演歌お問い合わせランキング」で2010年2月~5月まで連続1位を獲得し,レーモンド松屋はメジャーデビューされたそうだ。
常夜燈 安芸灘の風の石碑
『観音崎』は瀬戸内海国立公園に指定されている。古くは牛渚(牛ヶ崎)と呼ばれ,沖合いは常に風波が激しく航行困難の場所だったので,弘法大師はこれを憐れんで大悲の観音の尊像を刻んで岩間に安置し,海上の守りとしたので,人々は観音崎と呼ぶようになったそうだ。
観音崎は平に連なっており,桜の並木になっていた。桜の咲いた頃に来ると良いかも・・・。色々お世話をされている方がいるようで,季節によっては,四季の花や木々を楽しむことができそうだった。随分,遠方に「しまなみ海道」の橋が見えた。上がってきた道とは違う道を通り,道路まで下りた。途中,少し遠方に平羅橋が見えた。それにしても,すごい風だった。
下り 遠方に平羅橋
観音崎の海岸は,乗越海岸と言い,海水浴場になっている。いつもはコバルトブルーの美しい海岸だが,今日は,すごく荒れていた。
観音崎の海辺1 観音崎の海辺 
そこから,車で,御手洗へ行き,お食事処で昼食を食べた。youkoさんの友だちが注文された食事は「穴子の刺身」が付いていたので,味見させて貰った。穴子の刺身って初めてで,すごく美味しかった。
昼食
その後,御手洗を散策したが,長くなるので,そちらは次回投稿することにした。 

【2016/02/14 23:34】 | ドライブ
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yasumama
それは良い事をなさいました。 v-353
v-448だと少々のお天気も気にしないで 出かけれて・・・。
さてさて 日曜??はどんなお天気だった??かなって 考えています。少々・・・に向かっていってるのかしら。
 島々のあたりは 風も強いですが ここらあたりも時々 足を踏ん張ってという日もありますよね。

少しずつ 春がやってきます。
お寿司が美味しそう・・・おなかが空きました・・いつもながら 写真で食欲わきます。v-407

yasumamaさんへ
K.N
v-278日曜日は,思いがけず良いお天気でした。でも,風はすごく強風で,v-466波高しでした。これって,「春一番」v-361岡村島の方は,誰も行っていなくて,観音崎の景色を1人占めでした。御手洗は,何組か観光客がいましたが,若長さんのお店が,インフルエンザでお休みでした。とびしま海道は,v-448家から車で1時間位なので,結構,行きやすいです。自転車でツーリングされている方が何組もおられました。アップダウンがあるので,大変そうでした。v-356穴子の刺身が美味しかったです。

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12月13日(金)午前中は,今年最後の絵画教室「むさしの会」だった。午後から,例年の如く,関西に住んで知る姉が帰省した。15時から,壇寺に「報恩講」をお願いしていたので,姉にも一緒にお参りをして貰った。
仏壇
「報恩講」の片付けをして,姉と呉の街に出かけた。少しショッピングして,6日(金)から,蔵本通りの緑地帯約100mの会場で始まった「イルミネーションロードくれ」を見に行った。LED約15万個使って,海をイメージ,実物大の戦闘機紫電改,実物の1/20で全長13mの戦艦大和など,夜空を彩っていた。点灯時間は,17時~23時まで,来年の1月5日までだそうだ。
錨 紫電改

戦艦大和 イルミネーション
12月14日(土)午前中は,太極拳講座に行き,午後から,姉の息子が久し振りに我が家に来るという事なので,急いで帰宅した。甥は,ここ何ケ月か山口で仕事をしているそうで,関西の自分のマンションには帰らず,こちらに来ることにしたそうだ。夕食は,3人で一緒に食事をした。母の葬式以来だったので,元気な姿を見て安心した。12月15日(日)姉と私と甥の3人で,甥の車で「とびしま海道」をドライブした。多島美で海もきれいなので,少し寒かったがすごく気持ち良かった。
周辺地図
呉→仁方→「安芸灘大橋」下蒲刈島→「蒲刈大橋」上蒲刈島
安芸灘大橋1 蒲刈大橋
豊島大橋」豊島→「豊浜大橋」豊町
豊島大橋 豊浜大橋
平羅橋」→「中の瀬戸大橋」→「岡村大橋」を通り,今治の岡村島に到着した。平成の大合併で,豊町までが呉市になった。そこから,四国の今治までは,橋が無いので,フェリーになるそうだ。車で行ける所まで行った。遠くに「しまなみ海道」の橋がいくつか見えた。
岡村島までの3つの橋 岡村島
豊町の「御手洗」まで戻り,車を駐車場に預け,近くのお食事処で,刺身定食を食べた。客も多くて,少し待ったが,結構,美味しかった。以前,1度,食事を食べた店は改装中でお休みだった。食後,「住吉神社」の前を通り,「御手洗の案内板」の所まで行って,「案内板」を見ていたら,地元の方が,散策コースを説明して下さったので,地図の黒線にしたがって歩くことにした。
刺身定食 住吉神社

御手洗マップ
平清盛が安芸守だった時の縁の「南潮山満舟寺」,江戸から明治・大正・昭和初期までに建てられた町並み。
満舟寺 古い町並み
「潮待ち館」,「旧柴屋住宅」
潮待ち館 旧柴屋住宅2
「旧柴屋住宅」の奥にある「伊能忠敬測量絵図館」
旧柴屋住宅内部 伊能忠敬測量絵図館

伊能忠敬測量絵図館内部
菅原道真公が太宰府に左遷された時,船をこの地に寄せ,天神山の麓のこの所で,口をすすぎ,手を洗われ,天神地祇に祈ったという「天満神社」。幕末に,坂本竜馬の仲介で,長州軍と芸州軍とが倒幕の約定(御手洗条約)が結ばれた「金子邸」。
天満神社 金子邸
江戸時代の茶屋の跡で最盛期には100人以上の遊女をかかえていた「若胡屋」。御手洗の展望台の下には,花魁の墓もある。
若胡子屋 若胡子屋内部
郵便局から,海側に歩くと,TVでも紹介された明治時代からの「新光時計店」がある。
郵便局 明治の時計屋さん 
その少し先には,1937年に当時の建築の粋を集めて建てられたモダン劇場「乙女座」。大衆演劇,能,漫才,映画などに貸し出されていたそうだ。御手洗に何軒かある西洋館。こちらはレントゲン科の「越智医院」。
乙女座 越智医院
浄土真宗に属する「大東寺」,「舟宿」。舟宿の2Fからの眺めは抜群だった。
大東寺 船宿
「おちょろ船」は,上陸できない下級船員のために,遊女たちを停泊中の船まで運んだ船で,御手洗には1958年まであったそうだ。御手洗最後の船大工・宮本国也さんが製作中の『おちょろ船』の模型。
おちょろ舟
駐車場に戻り,甥は初めてなので,音戸大橋,音戸第2大橋(日招き大橋)を通って,帰宅した。大橋と同じような赤い橋の架かった歩道橋が新たにできていて,吃驚した。
日招き大橋1
16日(月)の朝,姉も甥もそれぞれの所へ帰って行った。昔話に花が咲いた3日間だった。

【2013/12/16 15:08】 | ドライブ
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多忙な中に楽しみあり・・ですね~。
yasumama
「おちょろ船」を造っていらっしゃる おじさん お元気でしたか。主人と何度か訪れた時に あれこれ 説明をしてくださった素朴なおじさん・・・・v-354年月はどんどん 速足で通り抜けてゆきますね~。 K・Nさんももう 説明不用な位 何度も訪れていらっしゃるのでは・・・ でも 今回は甥ごさんもご一緒だと又 違う旅ですね。v-341見どころいっぱい・歴史の宝庫??ですよね~。
でも、 音戸橋をみると なんとなく ほっですね~。私もこの間連れて行ってもらった時、赤い橋の歩道橋、あれっ、って思いました。あのかす饂飩・食べ損ねた日です。でも れもんうどん、いいですよね~。v-364

yasumamaさんへ
K.N
v-411「おちょろ船」の方は,お元気で制作中でした。若いお嬢さんたちが来たら,笑顔で説明されてました。甥の車で,ずーと廻りましたが,そんなに寒くなく,一回りしました。v-448これで,私は5回御手洗に行きました。行く度に新たなる発見がありますが,blogにも書いているので,説明できる位です。v-398狭い町の中にも,歴史が色々ありますね。甥は,新しくできた音戸大橋を見ていないので,阿賀から廻って,2つの橋を通って帰りました。新しくできた歩道橋も写真に撮りたかったのですが・・・。v-388それに,その日撮った写真は,13日の金曜日の夜のイルミネーションで,夜景モードにしていたので,うす暗くて使えませんでした。それで,以前,行った時の写真を使いました。私としたことが・・・。v-404

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8月9日(金)埼玉に住んでいる兄夫婦が車で帰省した。義姉によると,朝3時頃に起きて,4時頃出発したとのこと。若くないので,途中何度も休憩して,無事19:15頃到着した。兄夫婦たちは,例年夏の盆前に帰省する。ここ2年は,帰省してからの移動が便利なように,車で帰省している。8月10日(土)太極拳講座を休んで,私の車で一緒に墓掃除&お参りに行った。最初は,Y町の2ヵ所,それから,N町の2カ所へ。こちらは混雑するのでタクシーで行った。歩いて帰る途中,タクシーを拾らおうと思ったが,なかなか通らない。かなり家の近くになってやっとタクシーに乗れた。すごく暑くて,汗がぽたぽたと落ちた。午後は,エアコンを付けて涼しくして一緒にTVを見る。墓掃除が終わったので一安心。8月11日(日)7月の初めに姉を案内した三次に,私の車で兄夫婦を案内した。車中はエアコンで涼しくて気持ち良い。家を8:40位に出発して,3時間弱で三次ワイナリーに到着した。先に,隣接している奥田元宋・小由女美術館へ行って,洋食工房の昼食の予約をした。それで,三次ワイナリーの見学と買い物を先にすることにした。お盆前だけど,客は結構来ている。7月の初めの姉を案内した時は野球の試合があり,物産展もしていたのですごい人出だったが,今回はゆっくり出来た。
三次ワイナリー ワイン
8月3日に発売されたワイン「キングデラ」。三次ワイナリーでは,約20種類を超えるワインを販売しているそうだが,キングデラは,マスカットや柑橘系の甘い香りで飲み口は酸味もあってシャープな辛口だそうだ。カープワインも販売されていた。 
発売開始 カープワイン
試飲コーナーがあったが,私は車を運転するので葡萄ジュースを試飲した。兄夫婦は,しっかり試飲していた。ワインにあうおつまみやなども色々販売している。道の駅のような品物もあった。 
試飲コーナー フォアグラ&スモークサーモン
兄夫婦は,ワインやピオーネなどを買っていた。私は,ベーコンとチーズ,ワインの「ピオーネの雫」というリキュールを買った。
三次ピオーネ ピオーネのワイン・リキュール
ヨーロッパ旅行でよく見かけた貴腐ワインも販売していた。貴腐ワインは,腐敗してしたように見える干しぶどう状態で非常に糖度の高いぶどう「貴腐ぶどう」から造られる最高級の甘口ワインで値段も高い。三次ワーナリーで受賞した「ジャパン・ワイン・チャレンジ」の表彰状も飾ってあった。
貴腐混ワイン ジャパン・ワイン・チャレンジ
地下には,ワイン樽が沢山あって,ワインを熟成していた。ワイン樽は,オ-ク材(樫の木)が用いられている。1Fには,ワインの製造工程が見えるようにしてある。その後,「みよしこども王国」の側を通って,奥田元宋・小由女美術館に行った。
ワイン樽貯蔵 みよし子ども王国
洋食工房での昼食の予約の12:30には,まだ40分位あるので,兄夫婦に常設展を見るように勧めた。私は先日すでに見ているので,その間,館内の色んな所を見学した。「ノンタン展」をしているが,子どもっぽいので見なかった。夏休みなので,ノンタン展は,1万人を達成したそうだ。
奥田元宋・奥田小由女美術館 ノンタン展
美術館の池。中秋の名月の時は,この水面に月が映り,音楽を聴きながら,名月を愛でる催しがあるそうだ。奥田元宋の絵にもその情景が描かれている。業者が奥田元宋の版画なども販売していた。
美術館の池1 版画販売
洋食工房で,マドモアゼルランチ(1500円)を食べた。兄夫婦は魚料理とごはん,私は肉料理にパンを美味しく頂く。
昼食1 昼食2

昼食3 昼食4
その後,美術館を出て,巴橋近くの「卯建の似合う町」に案内した。猛暑の日曜日で,余り人影が無かった。三次市歴史民俗資料館は,工事中だった。古い西洋館建ての和菓子屋のお店に「淡雪」って書いてあったが,昔,お土産に頂いたことがあるのを思い出した。白蘭酒造の古い建物。
和菓子店 白蘭酒造
「卯建のある家」が何軒かある。古い町家の感じがよく出ている。
卯建のある商家 卯建のある家
今回は,この石畳の通りにある浄土真宗本願寺派「明鏡山 照林坊」常順寺の本堂の中に入って見学させて貰った。立派な山門を抜けて,本堂の中へ。照林坊の開祖である明光上人は,関東6老僧の1人で浄土真宗の宗祖親鸞上人の弟子。「中国西国に下りて法義引通すべき」という命を受けて西国の途に着いたそうだ。山門は,最も古く1665年に建立,複雑な繰形をもつ組物を密に配置し,絵様も華やかで,細部の表現に創意が見られる。
照林坊本堂 山門    
鐘撞堂は江戸時代中期(1774年)に建立。経蔵は同じく江戸時代中期(1752年)に建立。
鐘撞堂 経蔵
本堂(1852年に建立)の中と内陣は,天井絵や伽藍など,綺麗な装飾が施されて豪華な感じだった。真宗の本堂らしい平面を持つ大型の堂。
本堂 本堂内陣
大和瓦の鬼瓦。庫裏は江戸寺末期(1801年)に建立。
鬼瓦 庫裏
本堂の隣には,正面に唐破風造玄関を構える客殿,座敷飾りを備えた座敷を並べる御成りの間がある。いずれも,国登録有形文化財に認定されている。
客殿 御成の間
本堂の大柱や境内の掲示板にこんなポスターが貼ってあった。いかにも現代風って感じだった。ポスターと言えば,石畳通りのお店で,こんなポスターが貼ってあった。
お寺deブラス ポスター
その後,住吉神社を見て,15:40頃に帰路に着いた。
住吉神社
余り渋滞せず,18:15頃,家に着いた。東広島呉道路がかなり開通したので,早く行けるようになった。三次は,今回で4回目位だが,行く度に新たなる発見がある。昨年は,とびしま海道・大崎下島の御手洗を案内したが,来年,兄夫婦が帰省した時は,何処に案内しようかな。それにしても,すごい暑い日だった。日本列島は,40℃を超える所何箇所かあったようだ。

【2013/08/12 02:24】 | ドライブ
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なんと なんと お忙しい!
yasumama
おいでになる方はかわっても K・Nさん が キチンと 受け止められおもてなしをなさって お疲れ様、この暑さの中 ボーとしてても やれやれなのに たいしたものです。 感心 いたします。v-318そして 随分 いろんな所に お連れされるのですね。 お喜びでしょう。
試飲コーナー 1名は 残念ですが 仕方ないですね。 主人がいつも そうでした。v-393
先日も卯建の町 案内なさったのでは??
v-448の中に入れば 涼しいから 車は何よりですね。40度って暑さ どうなってるのでしょう。それに 経験した事のない雨で 被害がおこり困った事ですね。v-356

yasumamaさんへ
K.N
v-411折角,遠路はるばる帰省するのですから,故郷を再発見し,楽しい思い出が出来れば良いかなと思っております。私は退職後,車に乗らないで,出来るだけ歩くようにしてますので,少しは車を走らせなくてはいけないかなと思っています。v-448遠距離のドライブは,遠くでもすいすいと行けるので楽しいです。爽快感もあります。v-272試飲コーナーは,値段の高いワインはなくて,貴腐ワインなどは,500円位払って飲むようになっています。運転するので,いつも試飲出来ません。今回も卯建の似合う町を案内しました。石畳の通りは,歩くとすごく暑かったです。v-356いくら暑いからと言っても,気温が40℃を超えるのは考えられませんね。少しは雨が降って涼しくなって欲しいですね。ダブル高気圧が恨めしいです。地球規模で温暖化の防止に取り組まなくては・・・。

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