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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
 以前から気になっていた休山の麓の五重の塔。ネットで調べると,真言宗「萬願寺」だということが分かった。それで,息子夫婦は,正月にウォーキングがてらそこまで行ったが,私は生憎,孫の守で留守番していたので行かれなかった。そこで,2014年1月12日(日),天気も良さそうなので,友だちと一緒に行くことにした。家からずーと歩いて,まずは亀山神社,萬年寺を目標に歩いた。30分位歩いた所で,萬年寺の上の道に出た。
萬年寺1 萬年寺2
その道は宮原上道路だそうで,ひたすらその道を南に向かって歩いた。左手眼下に,壊れている家や呉医療センターなどが見えた。
壊れている家 呉医療センター
宮原浄水場と丸子谷公園が見えてきた。さらに進むと,階段があり,權現寺の所まで来た。宮原浄水場は,近代水道百選の一つ。1890年(明治23年)大日本帝国海軍の軍用水道「呉鎮守府水道」創設時からある浄水場で,西日本において最初に竣工された浄水場。敷地内の低区配水池は国の登録有形文化財だそうだ。耐震性の為,2013年3月末を持って運転停止し,以降,文化財として活用していく方針となっている。
丸子谷公園と宮原浄水場 呉港の守・休山裾鎮
火事で燃えた家,変わった場所にある駐車場など・・・。
火事になった家 変わった駐車場のある家
この辺りでは,すぐ下に造船所のドッグなどが良く見えた。かっては,戦艦大和を建造したドックだそうだ。
呉港 造船所と呉港 
道を尋ねながら,家から1時間位歩いた所で,やっと萬願寺の山門の所まで来た。入ってすぐの所に,延命地蔵と一番霊場の石仏があった。
萬願寺入り口 延命地蔵・一番霊場
萬願寺は,正式には三登山観音院萬願寺といい,真言宗単立寺院で,本尊は十一面観世音菩薩で,広島新四国八十八ケ所霊場第46番目のお寺だそうだ。急な階段を上がると途中に第2番~4番の石仏があり,無量寿堂があった。
2番~4番石仏 無量寿堂 
さらに進むと,開山堂があり,すぐ近くに,第6番~10番の石仏があった。
開山堂 6番~10番石仏
坂道を進む途中に,見返り観音が立っており,さらに上には,孔雀堂があった。 
見返り観音 孔雀堂
上がった所には,山門と鐘撞堂があり,文殊堂もあった。
萬願寺鐘撞堂 文殊堂
愈々,本堂の所まで来た。賽銭をあげて,お参りした。息子夫婦が来た時は,お寺や信者の方たちがおられたそうだが,この日は誰もいなかった。本堂の側の通路を通り,さらに階段を上がり,五重の塔まで来た。本堂 萬願寺五重塔1
五重の塔からの眺めは抜群で,眼下には先程上がって来た途中にあった開山堂も樹木の中に朱塗りが美しく映えていた。少し離れた所には,呉湾や造船所が真下に見えた。
開山堂1 造船所 
お寺の境内には,水子観音などもあった。
水子観音
萬願寺を後にして,ひたすら下に向かって歩き,呉医療センターの辺りに出た。お昼も過ぎていたので,すぐ近くのレストランでランチを食べた。こちらは,ホント久し振りだ。
エスカリエ青山 前菜
スープの後に,メインディッシュ(肉料理か魚料理か選択)があったが,お喋りをしていて,写真を撮るのw忘れていた。肉料理は,一口大に切った牛肉ステーキの上に香味野菜がのり,周りには,レッドオニオンのスライスが散らしてあって美味しかった。珈琲も付いて,1,890円だった。
スープ デザート
ランチを美味しくいただき,また,歩いて呉駅裏のユニクロまで行って,買い物した。さすがに,帰りはバスにした。その日の歩数は,約15,000歩強で良く歩いていた。でも,すごく気持ち良い,ウォーキングになった1日だった。 
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【2014/01/15 11:20】 | ウォーキング
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お参りはいいですね。
yasumama
萬願寺なのですか。萬年寺かと 思いました。Sヶ丘高校の少し上みたいなので 行ってみようかなってv-488検索してプリントして見たのですが 萬願寺ですか。 なかなか由緒ある御寺のようですね。結構、あるって 仰ったたので???って 思ってました。
それにしても 御友達の・・さん、よく歩かれましたね~、すっかり元気になられたのですね~。よい友達に恵まれれば 回復も早いのですね~。
歩けば いろんな風景にあえますね。v-411
またまた 明日がきますね~。意欲をもって やらなきゃあ いけませんわ~。v-341

yasumamaさんへ
K.N
v-402我が家の2Fの温室から,夜はライトアップした五重の塔が遥か遠方に見えます。あれは何かしらと思って,好奇心が湧きました。亀山神社の大祭の帰りに,youkoさんと萬年寺に行った時,ここからずーと南に行けば,五重の塔の所に行けるとyoukoさんが言っていたので,思い切って一緒に行くことにしました。v-356途中色んな家や景色を見ながら歩きました。単立のお寺ですが,新広島四国八十八カ所でもあり,結構,色々ありました。v-411冬の間に,みんなで一緒に行きましょう。

あらーっ、行ってみられたんですね!
sa-sa
造船所が見える丘あたりまでは行ったことあってもそんな上までは歩いて行ったことあっりませんから、市内に真言宗のそんな立派なお寺があったなんて知った時は吃驚でしたねー。御本尊は「十一面観世音菩薩」とか、いろんな人を救って下さる菩薩様と聞いたことがあるような気がします。いつもは拝観できないんでしょうね。今度帰ったときに行ってみたいですね。五重の塔からの眺めも抜群ということですしe-287
宮原浄水場も西日本で最初に出来た浄水場とか、知らないことが一杯ありますね。
アップダウンのある15,000歩はなかなかのウォーキングでしたねe-319


sa-saさんへ
K.N
v-411結構,地元の事でも知らないことがありますね。遠くにライトアップされた五重の塔,すごく綺麗です。でも,思い切って,行って見て良かったです。単立のお寺ですが,色々はお堂があり,なかなか良かったです。今度,帰省した折に一緒に行ってみましょう。v-356「十一面観世音菩薩」は,色んな人を救って下さる有難い菩薩様ですか。何か行事がある時には,開いているようですが・・・。v-353ここからは,呉湾が一望できます。宮原上水道,昨年の新聞に運転停止のことが出てました。往復したら,30,000歩近くになると思いますよ。暑い時は,少し大変かも・・・。v-388

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3月3日(日),昨日恒例の墓掃除&お参りが済んだので,お天気もすごく良いので,姉に第2音戸大橋や大河ドラマ「平清盛」ゆかりの日招き伝説の場所を案内した。一昨年の4月に長男と一緒に,第2音戸大橋の架設を見に行ったが,この3月24日(日)に橋が完成し,渡り初めがあるので,友だちと行く予定にしている。家から,車で音戸の瀬戸内オーシャンスパ「汐音(shion)」まで行った。「汐音」は,元国民宿舎「音戸ロッジ」の跡地に,2011年3月26日に建てられた温泉施設で食事も出来るようになっている。そこからの眺めは抜群だった。波静かな瀬戸内海の島々が見え,新しく出来た(仮称)第2音戸大橋も綺麗に見えた。
汐音
汐音から1 汐音から2
その近くにある標識を見て,平清盛の日招き像がある「高烏台」まで歩いて行くことにした。少し登り坂になっていて1.5kmの道のりとの事。歩いていると,道々に赤い椿の花が咲き,鳥の鳴き声も聞こえた。途中,呉市老人福祉センターの「みはらし荘」の前を通った。こちらは,60歳以上の人が利用する施設で,温泉があり,食事や趣味的な事が出来るようになっている。
案内板 見晴らし荘
汗ばむ位どんどん歩いて,途中,まだかと人に尋ねながら行った。高烏台公園まで1.2kmと書かれていたので,まだまだ歩かなくては・・・。時々,下を見下ろすと,第1音戸大橋と第2音戸大橋が並んでいるのが見えた。
標識  
音戸第1・第2大橋
かなり歩いて,やっと高烏台公園と書かれた石碑が建っている所まで来た。平清盛の「日招きの像」がある所は,もう少し上にあるらしい。汗を一杯かいて,やっと「高烏台」まで来た。旧高烏台砲台の兵舎の跡などがあった。日清戦争が始まり,広島に大本営が置かれ,明治33年に砲台,火薬庫,兵舎が作られたそうだ。太平洋戦争では,防空砲台として使用されたとのこと。
高烏台公園1 旧高烏台砲台の兵舎跡
高烏台には,大きな平清盛の日招き像が音戸の瀬戸を見下ろしていた。
平清盛日招像
案内板に従って見て歩いた。高烏台のいわれも書かれていた。
高烏台のご案内板1
高烏台のいわれ
ここからの眺めは,東西南北と抜群だった。瀬戸内海の島々があちこちに点在していて,まるで箱庭みたいるだった。新旧2つの音戸大橋,ずーと向こうに安芸灘大橋なども見えた。警固屋方面の工場群も見えた。高烏台には,公衆トイレも新しく出来ていた。トイレの手洗いの水は,牡蠣殻を利用した浄化槽の処理水を再利用しているので飲まないようにと書かれていた。
警固屋方面 お手洗
そこから下ると,M建設から市へ寄贈された公園があり,途中に,「日招き岩」があった。平清盛は,この岩に立って,瀬戸切り開き工事を陣頭指揮し,工事がもう少しで終わるという時に日が沈みかけたので,金の扇で太陽を招き返したという伝説がある。清盛の足跡と杖を突いたというくぼみがある。この公園の中には,二重の塔があり,その屋根の相輪飾りは,とぼけ老人さんが制作されたそうだ。
日招き岩 二重の塔
さらに下って,昼時になったので,途中の「みはらし荘」で食事をすることにした。生憎,「汐音」は予約の客で食事が出来ないと書かれていたので・・・。値段も安く,結構美味しい食事だった。
昼食
汐音の所まで下りて,さらに下り,音戸の瀬戸公園まで行った。途中,「吉川英治文学碑」が建っていた。1950年文豪・吉川英治が「新平家物語」執筆のため,音戸の瀬戸を訪れた際,この場所に立ち,対岸の清盛塚に向かって,「君よ今昔之感如何」と問いかけたそうだ。三角形の石が吉川英治,丸石が平清盛をなぞらえているとの事。毎年5月3日には,「吉川英治文学碑記念祭」が開催されるそうだ。
吉川英治文学碑
そこからは,2つの新旧音戸大橋が間近に見える。丁度,フェリーが通過した。
第1音戸大橋
速くシャッターを押さないと・・・。立派な大橋が出来たが,昔からの「音戸の渡し」も現存している。2隻の小舟で約120mの日本一短い定期航路。時刻表はなく,客がいればすぐに迎えに来てくれる。音戸の瀬戸は多くの大型船が行き交い,潮も速い難所だが,船長が巧みに舵を操る。小さい時,何度かこの渡しに乗った記憶がある。
第2音戸大橋 音戸の渡し
今度の日曜日,3月24日には,「日招きウォーク」(3.9km)といって,第2音戸大橋の渡り初めがあるので,友だちと行く事にしている。お天気が良いかな。

【2013/03/17 10:50】 | ウォーキング
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いろいろ 良い場所にお出かけですね。
yasumama
大橋をふたつ 一緒に眺めると 圧巻ですよね~。v-36337年でしたかね~、最初の音戸橋は・・・主人と息子を抱いて 軽トラで 音戸側をグルグル廻って びっくりした事は 忘れられません。つつじを眺めに来たり日招き像、砲台、弾薬庫と・・・。最近は行っていませんが子供の小さい頃はよく登ったものでした。懐かしい~~~。v-395まあ、汐音、予約でいっぱいですか。そんな時もあるでしょうね。今からは 多くなるでしょう。v-356歴史を紐解いてみると又 違った思いがありますね。母が生前、まだ 呉を知らない時に 清盛の偉大さを 瀬戸を掘るのに 太陽を呼び戻す話をよくしてくれたものです。v-342

yasumamaさんへ
K.N
v-4112つの音戸大橋は,アーチ型の兄弟橋で観光名所にとしてすごく期待されているようです。今度の第2音戸大橋は,日本で4番目に長い橋だそうです。今までの音戸大橋の1.5倍の長さとか・・・。v-402音戸大橋の色は,厳島神社の鳥居の色に合わせたそうです。yasumamaさんには,遠い昔の懐かしい思い出が詰まったスポットなんですね。高烏台も職場の遠足で何度か行きました。今回行って見て,再認識し,今度兄夫婦や息子夫婦が来たら,連れて行こうと思いました。v-271「汐音」は,法事の会食の予約で喪服を着た方が沢山おられました。眺望が良いのでベストスポットかも・・・。平清盛の日招き伝説は,かなりポピュラーですね。v-410

お元気に感動!
とぼけ老人
汐音から高烏公園までよく歩く気になられましたねー!
歩いてみると、車で走るのとちがって詳しい状況が
分るので・・・さすが>>K.Nさん。

とぼけ老人の作品まで案内して戴いてありがとうございます(●^o^●)

とぼけ老人さんへ
K.N
v-278お天気も良かったですし,そんな急な道ではなかったので,楽々ウォーキングしました。途中,あちこちを眺めたりして,楽しかったです。それに,二重の塔の屋根の飾り部分を作られたと聞いていたので,しっかり見てきました。相輪,すごく立派に出来てましたね。これからも作品づくり頑張って下さい。v-425

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