時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
私は,昔から,大病を何度か経験しているので,子供心に「病院」とか「医者」は怖いものだと思っていた。小学校の中頃から,すこしずつ健康を取り戻し,人並み位になった。それでも,高校時代の体重は46㎏で,腕や足は折れそうなくらい細かった。今は,少し太めだが,その当時は,他の人みたいに太くなりたいと思っていた。その後,風邪くらいは年に1回引くがまあまあ健康だった。大学に入学してからは,人並みの53kgになって嬉しかった。そんな私なので,大病で入院して,手術なんて死ぬまでしなくて済むだろうと思っていた。
ところが,今年に入って,何となく「おやっ?」と感じることがあった。それでも,ぐずぐずしていたが,思い切って3月中旬に乳がん検診を受けに行った。マンモグラフィー検査の結果は,「詳細な検査は不要」ということだった。ホッとしたが,胸に小さいしこりがあるので,かかりつけの病院へ行ってエコー検査を受けた。結果は,「今はどちらとも言えない」いうことで,1・2か月様子を見ることにした。
医師会病院マンモグラフィ エコー検査
かかりつけの病院で再度エコー検査をして,少し疑わしい所もあったので,がんセンターである国立医療センターに紹介状を書いて貰い,6月12日検査を受けに行った。乳腺外科に行き,「マンモグラフィー検査」と「針生検・マンモトーム生検」を受けた。針生検は,エコーで見ながら,局部麻酔で針を刺して,細胞を少量取って,顕微鏡で細胞が悪性か,どのタイプのものか検査する。結果は1週間後にわかる。
超音波ガイド下マンモトーム生検 針生検・マンモトーム生検
6月19日乳腺外科で,針生検の結果を聞き,癌のタイプと治療の方法の説明を受ける。ごく初期の乳癌ということで手術を受けることにした。その後,造影剤の注射をしながら,MRI検査を受けた。磁気共鳴画像診断で,強力な磁場と電波を利用して体内の状態を撮影する検査で,姿勢を変えることなく,あらゆる角度から体の色々な部分の断面像を得ることができる。放射線を使わないので,被爆の心配がない。金属類はすべて外しておくようにということだった。そして,採血と尿検査もした。
MRI.jpg
6月27日糖尿病があるので,手術の際,血が止まらなかったり,傷がなかなか治らなかったりすることがあるので,総合内科の糖尿病内科に行った。血液検査の結果から,手術ができる状態ということだった。「手術まで糖尿病が酷くならないよう食事に気を付けるように」とのことで,栄養指導も受けた。さらに,レントゲン撮影,心電図,肺活量の検査を受けたが,肺活量の検査がうまく出来なかったので,7月5日再度肺活量の検査をやり直してして,パスしたのでホッとした。その後,うつ伏せ状態で造影剤を注射しながらCT検査をした。
CT.jpg
7月9日口腔のレントゲンを受け,口腔外科に行って,歯のチェックと歯石を除去をした。歯周病などがあると,手術や抗ガン剤治療で体の抵抗力が弱った時,肺炎や重症の口内炎になる危険性があるそうだ。
7月12日入院。麻酔科に行って,説明を受ける。更にSPECT-CTを受けた。SPECT-CTは,放射性医薬品で微量で放射線がでる薬を注射して,薬の動きをシンチレーションカメラで撮影する検査とのこと。放射性医薬品からでる放射線の分布を体外の種々の方向から測定し,コンピュータで画像再構成し断層画像にする方法。検出器が360°のリング状に配置され,身体から放出される放射線を様々な角度で検出することで断層画像が得られるそうだ。この検査は,初めて受けた。注射が痛かった。明日の手術に備え,シャワーで体を清潔にしておく。
SPECT-CT
7月13日手術。絶食で排尿を済ませ,手術用の服に着替え,弾性ストッキングを履いて,病室から歩いて手術室へ。広い廊下スペースの両側にすごく広い大きな手術室が8部屋位あった。私と入れ違いに,手術が済んだ人が沢山出てきていた。
広々とした手術室の手術台に上がり,エコノミー症候群予防のため,足に器械を装着。麻酔の点滴が始まり,マスクを被せられる。その後は,意識がなくなり,口に気管チューブが通され,手術が始まったようだった。手術時間は2・3時間とのことだった。マスクが外された時,意識が戻って,手術が終わったことが分かり,ストレッチャーで病室に戻った。手術後,主治医から家族に手術内容の説明があったそうだ。手の甲に点滴,脇の下に管が入る。翌朝までベッドの上で安静にする。4時間で飲水を開始。
7月14日午前中に点滴が終了し,尿の管も外されたので楽になった。朝から食事開始。脇の下の管だけ残っており,胸の所で排出液を溜める袋が付いており,色や量を記録していた。リンパ浮腫の予防のため,リハビリを日程に合わせてやってみた。手術しているので思うように手が動かせない。7月15日から洗髪と胸部以外のシャワーが出来るようになった。医師・看護師とも傷口を再々見に来られた。痛みは,殆どなかったので良かった。
7月19日脇の下の管の液体が透明な色になったので,管が抜かれ,その後に,防水テープを貼って貰ったので,シャワー浴が可能になった。傷口も綺麗で,痛みもなく,食欲もあり,順調に回復しているようだ。7月20日退院後の予定を確認し,会計を済ませて,友だちが迎えに来てくれた車で家まで送って貰った。家は,すごく暑かったが何となくホッとした。今度は,7月25日と8月6日に医療センターに行くようになっている。この暑い時は,当分無理をしないようにしようと思った。重いものを持たないように言われた。
私の思いがけない出来事は,まだ治療が続くが,まずは一段落付いた。丁度,交通網が大変なことになって,呉は陸の孤島になり,姉や長男は,帰省するのに大変だったらしい。それに,病院側も診療スタッフや薬の確保が十分できなくて,大変だったようだ。病院によっては,水が確保できないので,手術を他の病院に回しているという所もあったらしい。数十年ぶりの自然災害と私の病気,思いがけないことに時に起きて,大変だった。遠方から,なかなか帰れそうもない状況で帰省してくれた姉と長男,それに叔母や友だちにも色々お世話になったので,すごく感謝している。これからは,日にちが薬で快復して行くことだろう。暑いけど,頑張ろう!
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【2018/07/22 16:42】 | 健康
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7月上旬,長崎から西日本を襲った豪雨は,今までに経験したことのないような大雨で,初めて大雨特別警報という状況に遭遇した。7月9日現在,死者120名,行方不明92名,近年にない深刻な人的,物的被害をもたらした。7月5日(木)病院に行く日だったが雨がかなり降っていたので,車で行った。7月6日(金)絵画教室に行く日だったが雨が降っていたので,12日からの手術入院に備えて,大事を取って休むことにした。この日,広島・岡山・鳥取に“大雨特別警報”が発令された。今までに経験したことのないような大雨ということだった。よもや,自分の住んでいる地域がそんな状況になるとは思っていなかった。(*_* ネットで調べると『特別警報発表時に取るべき行動』が出ていた。“ただちに命を守る行動をとる”と書かれていた。TVでも,何度もそう呼び掛けていた。
特別警報発表時に取るべき行動 6日大雨特別警報広島東区
携帯にも,度々緊急避難情報が送られてきた。我が家は,少し離れた小学校が避難所だったが,家にいることにし,1Fは土砂が流れ込むことが多いので,2Fに上がって休んだ。午前1時位が一番激しい豪雨ということだった。勿論,朝刊も届かなかった。
7月7日(土)七夕の日だったが朝からずーと大雨だった。太極拳講座の日だったが,大雨で,ひどい降り方だったので欠席した。7月8日(日)午前中は家の掃除をして,午後,雨が余り降っていないかったので,日本画展があるので,呉市立美術館へ行ったが,7・8日は臨時休館とのことだった。かなりの店が臨時休業だった。大雨特別警報が解除され,警報になり,それも解除されたが,土砂災害警報になった。
TVで各地の被害状況が色々報じられた。ニュースを聞く度に,その被害が増大し,新たに自然災害のすさまじさに恐怖を覚えた。家から少し行った所のT川は,おどろおどろしい濁流で,近くの家では,床下浸水になったり,バス道路まで,水が溢れてきたそうだ。ガレージもプールになっていた。
7日「濁流1 ガレージ水没
呉市周辺の町でも,あちこちが冠水している状況で,かなり最近建てられた家みたいなのも被害に遭っていた。これからが大変だ。
濁流街を襲う 濁流街を襲う1
72時間積算雨量は,今までに経験したことがない程の記録的なものだったそうだ。梅雨前線の動きが遅く,そこへ南からの温かい空気が入り込んで,こんな大雨を降らしたと報じられていた。毎日,被害状況が更新され,まだ行方不明の方もおられる。呉市の長い木の橋も流された。
72時間積算雨量 呉橋
まだ,土砂災害の危険性が残っている7月10日(火)の朝刊は・・・。
新聞1 新聞2
交通網が遮断され,呉市は,陸の孤島状態。それもなかなか復旧しそうにない。姉は,11日に帰省する予定だが,帰れるのだろうか(・・?  スーパーなどから,パンやカップ麺や飲み物が消えた。この豪雨で物流が遮断されているからだ。
新聞3 大渋滞記事
また,広島から水道水が送られているが,土砂崩れで水道管が寸断され送管に泥水が入ったとかで,断水になっている地域もかなりある。我が家は今は出ているが,その復旧工事が始まると断水になるらしい復旧の見通しは立っていない。こんな経験は,初めてだ。台風8号も沖縄方面に来ているが,これ以上,こちらへ来て欲しくない。毎日,パソコンメールに交通状況が掲載され,運行中止,欠航の記事が100件近く来ている。亡くなられた方の冥福を祈り,被害に遭われた地域の一刻も早い復旧を念じている。

【2018/07/09 23:13】 | 自然災害
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yasumama
広い範囲で災害がおこりますね~~。そちら様は断水もなく 良かったですね~。
ここら辺は 長蛇の列で給水車を待つのです。軽にタンクがつんであって 並んでる方に聞いたら 10人位 給水したら もう 水をとりに帰られるのだそう。
Mが持ってきてくれて 9時過ぎから1時過ぎまで 並んでくれたって 言ってました。v-388

姉上様もご心配ですね。K線も早く元通りになってほしいものです。
そちら様も気分が落ち着かないですね~。
またまた 今日になって≫府中町の榎川・氾濫するなって 悲しいですね~。
こんな事 初めてですって言葉 実感します。v-393

yasumamaさんへ
K.N
v-404その時の大雨だけでも大変ですが,更に追い打ちをかけるように,被害が拡大しています。高齢者で1人の人は大変ですね。給水があっても,取りに行くのが大変ですね。避難弱者ですね。yasumamaさんは,息子・娘さんが近くにおられるので良いですね。v-448私は早朝から車のガソリンを満タンにしに行きました。結構,並んでいました。姉は,今,福山を過ぎたところで,西条から中国JRバスに乗る予定です。交通が遮断されているので,選択肢は超少ないです。無事に呉駅まで来てくれたらと思っています。v-356

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いつも本を貸して下さる太極拳講座の友だち,彼女に借りた本を次々に読ませて貰っている。自分が読みたかった本,自分のジャンルにない本など色々だ。忙しくて,読むのが間に合わない時でも,「ゆっくり読んでください。」と言って下さる。私が読んだ本は,やはり太極拳講座の友だちが読むことになっている。それで,共通の話題で盛り上がる。映画化された本の映画を見に行ったりとか・・・。今回は,前回に続き,2018年2月~7月までに読んだ本を紹介する。
2月『こぽこぽ、珈琲
河出書房「こぽこぽ、珈琲」
31人の達眼の士の目に映る珈琲のある日常。植草甚一,内田百閒,柏井壽,寺田寅彦,常盤新平,村上春樹,吉田健一・・・。すごい顔ぶれ。珈琲にもエイジングがあるのだとか。やはり「おいしい」というのはこれと決まったものではなく複雑に積み重ねたものやちょっとしたゆらぎなのかな。家で飲む珈琲が一番おいしいと感じる幸せ,朝起き抜けのベッドで飲む珈琲の幸せ,寒い冬にラム入り珈琲を飲む幸せ,神田神保町でお気に入りの古本を読みながら飲む珈琲の幸せ,ほっこり温まった感じがする。物書きの方は,思考,推敲に珈琲は,最適かも・・・。それに珈琲はポリフェノールもあり,1日数杯は体に良いとか,TVの健康番組で言っていた。私は,朝食のミルクに,インスタントコーヒーを入れて飲むだけだが,それでも良いそうだ。
おら おらで ひとり いぐも』若竹千佐子 <第158回芥川賞受賞>
若竹千佐子「おら おらで ひとり いぐも」
63歳にして小説家デビューを果たした若竹千佐子氏の処女作。夫に先立たれ,子どもたちともうまく関係を結べないと感じている74歳の桃子さんが東北弁を武器に「老い」と向き合っていく。「歳をとるのは悪いことばかりではない」と思える感動作。
桃子さんは,結婚を3日後に控えた24歳の秋,東京オリンピックのファンファーレに押し出されるように,故郷を飛び出した。住み込みでアルバイトをし,周造と出会い,結婚し,2児をもうけ,子育てが終わったと思ったら,夫はあっけなく死んでいった。「この先一人でどやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ」。74歳になった桃子さんは40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅で,ひとりお茶をすすりながら,過去を思い出し,これからに思いを馳せ,時に幻想に身を投じていく…。捨てた故郷,疎遠になった息子と娘,亡き夫への愛。震えるような悲しみと孤独の果てに,桃子さんが辿り着いたものとは・・・。自分自身のこれからの暮らしをありありと見せつけられる。老後の女の孤独と希望を鮮やかに描き出したこの物語,共感できる所が沢山あった。若い時とは違い,そんなに長くない人生の処し方について考えさせられた。
3月『銀河鉄道の父』門井慶喜  <第158回直木賞受賞>
門井慶喜「銀河鉄道の父」
この小説に描かれた宮沢賢治はごく普通の青年で,そこがとても新鮮。生き生きとした等身大の賢治像が出現したのは,父である政次郎の視点から書くという構成になっていることが大きい。この父が実に偉大だ。賢治は家業の質屋が肌に合わず自分で事業を起こそうとしたり,国柱会の布教活動に熱中したりする。若さ故の前のめりだ。父はそんな賢治を厳しくたしなめつつも援助を惜しまない。子が病気になれば病院に泊まり込んで看病までする。成功した実業家であり家族思いの父。偉大過ぎる親を持つ息子が,もがき苦しんだ末に儚く美しい詩と童話を紡ぎ出したことは,切なくも運命的。父を超えたいという不変の命題に賢治も向き合っていたかと思うと,賢治の作品にも一段と親しみが湧いてくる。明治29年(1896年),岩手県花巻に生まれた宮沢賢治は,昭和8年(1933年)に亡くなるまで,主に東京と花巻を行き来しながら多数の詩や童話を創作した。賢治の生家は祖父の代から富裕な質屋であり,長男である彼は本来なら家を継ぐ立場だが,賢治は学問の道を進み,後には教師や技師として地元に貢献しながら,創作に情熱を注ぎ続けた。地元の名士であり,熱心な浄土真宗信者でもあった賢治の父・政次郎は,このユニークな息子をいかに育て上げたのか。父の信念とは異なる信仰への目覚めや最愛の妹トシとの死別など,決して長くはないが紆余曲折に満ちた宮沢賢治の生涯を知ることになり,良かった。
4月『常識は凡人のもの』藤原正彦
藤原正彦「常識は凡人のもの」
時に人々の目を曇らせ,時に判断を鈍らせる。それが「常識」の落とし穴!『週刊新潮』人気連載単行本最新版。小学低学年からの早期英語教育は当然?経済ルールは公平のため?日本が譲歩すればあの国は黙ってくれる?否。翻訳機の技術向上で英語学習は不要となり,欧米主導のルールには従うほど不利を強いられ,外交での謙虚さは弱みの裏返しとしか取られない…。一見,正しい定説を軽やかに覆す名コラム集!
第1章 自分で決められない国(灰色の世界;イタリアの小さな村で ほか)
第2章 グローバリズムの欺瞞(冬の攻防;半人前国家 ほか)
第3章 人類の余りにもむなしい姿(私の奥の手;グローバル教育の行き着く先 ほか)
第4章 確固たる自信のない人(読書ほど得なことはない;蘇る ほか)昭和 ほか)
第5章 祖国のためにありがとう(頑張って下さい,ありがとう;巨人の国 ほか)
5月『近藤誠がやっている「がんにならない」30の習慣
近藤誠がやっている「がんにならない」30の習慣
日本人の死因の第1位であるがん。2人に1人はがんになるといわれ,もはや国民病といえる。そのためか,「がん=死」というイメージは一般大衆的には常識となっている。本書では,がんと闘うな,抗がん剤は効かない,固形がんは放置していい,健診・がん検診は百害あって一利なしなど・がん治療の常識に一石を投じ続けてきた医師・近藤誠氏による「がん予防」「がん治療で殺されないため」をテーマとしている。糖質制限をしない,健診には行かない,ピロリ菌を除菌しない……近藤誠氏が普段から実践する一風変わった「がん予防法」とは?減塩をしない、やせない、クスリを飲まない、ピロリ菌を除菌しない,コーヒーを飲む…ほか、無理せず長生き,「近藤ルール」の提案。「どうせ死ぬなら,がんより老衰死」のすすめ。私自身としては,ここまで徹底して実行する勇気はない。
6月『極上の孤独』下重晃子
下重晃子「極上の孤独」
現代では「孤独=悪」だというイメージが強く,例えば孤独死は「憐れだ」「ああはなりたくない」と一方的に忌み嫌われる。しかし,それは少しおかしくないか。そもそも孤独でいるのは,まわりに自分を合わせる位なら1人でいる方が何倍も愉しく充実しているからで,成熟した人間だけが到達できる境地でもある。「集団の中で本当の自分でいることは難しい」「孤独を味わえるのは選ばれし人」「孤独を知らない人に品はない」「素敵な人はみな孤独」等々,1人をこよなく愛する著者が,孤独の効用を語り尽くす。そうはいっても,私自身はそんなに強くないので,孤独はやはり淋しいと思う。家族や気心の合った友や知人に囲まれ,楽しく過ごし,その中で自分自身も成長できるのではと思った。
7月『桜風堂ものがたり』村山早紀
村山早紀「桜風堂ものがたり」
百貨店内の書店,銀河堂書店に勤める物静かな青年,月原一整は,人づきあいが苦手なものの,埋もれていた名作を見つけ出して光を当てるケースが多く,店長から「宝探しの月原」と呼ばれ,信頼されていた。しかし,ある日,店内で起こった万引き事件が思わぬ顛末をたどり,その責任をとって一整は店を辞めざるを得なくなる。傷心を抱えて旅に出た一整は,以前よりネット上で親しくしていた,桜風堂という書店を営む老人を訪ねるために,桜野町を訪ねる。そこで思いがけない出会いが一整を待ち受けていた。そして,一整が見つけた「宝もの」のような一冊を巡り,彼の友人や元同僚たちや作家が,そして出版社営業が,一緒になってある奇跡を巻き起こす……。私も本を読むのが好きだが,互いに心を大切にし合い,ほのぼのとして癒される内容だった。
自分から本を買ったり,図書館などで借りたりして,読むのもいいが,自分ではなかなかそんな行動を起こさない。日々の忙しさにかまけ,また,何となく過ごしたりする。本を貸して貰うと,折角借りたのだから,読まなくてはと,結構,嵌まって読んでいる。いつも友だちに感謝して読ませて貰っている。今度は,どんな本かしらと何となく期待していたりとか・・・。

【2018/07/05 21:47】 | 読書
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sa-sa
いつも感心するのは、お忙しい中、本もよく読まれているということ。ちょっと前、この中の数冊を推奨してもらっていたので、取り敢えず「おら おらで ひとり いぐも」を読みました。私は上手く文章に出来ないので、K.Nさんの内容要約と感想そのままです。以前ニュースでこの本がよく売れていると報道されていました。読んでいると単純にうれしいですね。「こぽこぽ、珈琲」も「銀河鉄道の父」も面白そうです。

坂町やその他沢山の場所で大雨の被害がテレビに映し出されています。何十年に一度あるかないかの降水量ということですが、これからは、こういうことが頻度を増して起こりうるのでは明白です。地球温暖化の影響は、世界が真剣に向き合わなければいけない問題なんですけどv-413

sa-saさんへ
K.N
v-87いつも話題の本を貸して下さる太極拳の友だちにいつも感謝しています。貸して下さるから,読むのですから・・・。最近は,本屋大賞などを取った本が映画化されていますが,映画は本とは違ったインパクトがあります。勿論,原作の本に勝るものはないのですが・・・。先日も,yasumamaさんに誘われて,広島バルトの映画館に『羊と鋼の森』を見に行きました。e-343ピアノの美しい音色(辻井伸行演奏),その人に合わせた調律に迫る主人公と仲間たちに感動しました。芥川賞,直木賞の2冊の本は,文句なしに良かったです。是非,読まれたら良いですよ。大雨の甚大な被害,死者や行方不明の方が沢山おられます。わが街も大雨特別警報が出ました。世界的な規模で,地球を守ることを真剣に考え,行動すべきですね。まずは,身近なところから何かを・・・。v-279v-326


yasumama
殆ど 忘れかけています。読書した本の事。
気持ちが今はしっとりしていないので いろいろ 思いおこさせてくださりありがとうございます。

ほんと どうなることかと 思いました。
雨、そのものは まあまあ・・(ここら辺でも)沢山降りましたけど 私の身辺にも なんでって事が起こって・・。
いくつかおこって やっと今 ネット接続できて とても嬉しい・・・
📳・テレビ・☎と不具合が生じて 今 一つずつ 正常に戻って。v-266
すごい被害の倉敷とか坂・・諸々の事を思えば こんな事なんでもないと思いつつ 息子に聞いたり娘に頼ったり ほんに困った自分です。
タイの少年たちの事も、心配です。
K・Nさんのように 自分で なんでも対処できるようになる?事は、無理・ですが・・。v-239 
今 やっとネットにつながり 嬉しい。v-388


yasumamaさんへ
K.N
v-87印象深い本は,よく覚えていますが,忘れてしまった本もあります。もう一度,ネットなどで調べると,思い出しますが・・・。それでも思い出せなかったら,認知症の兆しありでしょうか。v-466豪雨の方は,一応収束しましたが,土砂災害があちこちで起きていて,行方不明の方もかなりおられます。台風8号も北上しているとか・・・。豪雨の被害,私の入院にも大きく影を落としています。yasumamaさんの情報機器も大変だったのですね。どうしてネットに接続しくなったのですか。でも,自分で直せたのですから,立派です。お助けマンは,今の状況では来れませんね。自分で直せたら,嬉しくて自信になりますね。v-425

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6月23日(土)午前中は太極拳講座へ行き,昼食を済ませて,午後は太極拳の友だちと,呉市文化ホールへ「男女共同参画週間」 の一環として,映画『八重子のハミング』を視聴した。入場は無料で,友だちが事前に入場券を貰ってくれていた。
家族の絆と男女共同参画事業
この映画は実話に基づいて制作され,撮影は,実際に石崎誠吾と妻八重子の暮らした山口県萩市の金山天満宮で行われた。のべ撮影日数は13日間。映画予算が潤沢ではなかったこともあり,1日の撮影量も多く,撮影と移動の順番にロケーション撮影を繰り返したそうだ。雨降りの撮影は,地元の消防団に協力して貰ったが,消防ホースからの散水を雨のようにするのは大変だったとのこと。
八重子のハミング原作
映画は,山口県内にあるホールで,石崎誠吾が,アルツハイマー症を発病したの妻の八重子を介護した経験について講演を行なっている場面からスタート。石崎が妻を介護したのは12年間で妻の記憶が次第に失なわれていくことが辛かったという。
ポスター 神社の前
だが,ある時,石崎は,“八重子は時間を掛けてゆっくりと別れをしている”と考えるようになる。そんな石崎は愛する妻が記憶を無くしていくことを思い出にしようと決意する。
石崎の語り出す言葉から,教師時代に出会い結婚した頃のこと,八重子がよく口ずさむ歌のこと,そしてアルツハイマーを発症してからのことなど,在りし日の八重子との夫婦愛が蘇る…。
家族 2人2 
しかも,その頃の石崎は胃がんを発病。そんな時に八重子に若年性アルツハイマー病の疑いがあることが分かる。石崎は4度のがん手術から生還を果たすが,八重子の病状は悪化して徐々に記憶を失っていく。音楽教師だった八重子は,自分がコントロールできない状況でも,歌を歌うと機嫌がよくなった。童女のように,無心に赤い椿を並べている姿が印象的だった。
入院 散歩
八重子は毎日のように池の橋に立ち,愛する夫の誠吾の帰宅を待ち続けた。介護に苦闘しながらも八重子との時間を愛おしむ石崎。妻に寄り添い続ける12年間は,筆舌に尽くしがたいものがあったようだ。石崎の母や娘夫婦の協力もあったが,大変な介護の日々を送る。そして,八重子は眠るように息を引き取っていく。
食べさせて貰う 雨に打たれて
主なキャストは,石崎誠吾(升毅),八重子(高橋洋子),石崎の友人で医者(梅沢富美男)だった。私も,認知症になった母の介護を10年余りしたが,まだ在職中だったので,遠方に住んでいる兄や姉とも相談し,特別養護老人ホームのお世話になった。今にして思えば,生前,こうしてあげれば良かったなど,後悔ばかりだ。父がかなり前に亡くなっており,母が亡くなって10年近くになる。ふらっと家を出て行って何処へ行ったのか,あちこち探すことも度々だった。親孝行をしないうちに亡くなった。今回の映画のシーンを見て,共感することが多く,思い出して胸がジーンとした。自分が忙しい毎日で,母の気持ちに沿えることが出来ていなかったことを悔やんでいる。

【2018/06/30 17:19】 | 映画
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yasumama
一生懸命 尽くしたつもりでも???でも ですがいろいろな事 ああすればとか こうすればよかったと思いますね~~。
墓に布団はかけられずと 昔よく聞きましたが ピンとこなかったけど・・・・。
私、見ながら 何か 心の救いのある歌って なんだろうと 思ったけど 何にも浮かばないのです。
私が母に何度か「秋の夕日にてるやま 紅葉~。濃いも薄いも・・・」って歌ってみたけど・・・v-239 
いつの間にか 順番がやってきつつある・・・v-355 嫌だ・嫌だって叫んでも・・。
お若いうちにやってくる この病・辛かったでしょうね~~。1人で抱え込まないでといっても・・ね~。
今 ファンタジーオンアイス2018静岡 羽生結弦の演技 見てますが 笑顔に癒されます。v-344信成君もいいです~~。
楽しい方に目を向けて いきたいですね~~。

yasumamaさんへ
K.N
v-279命は限りあるもので,元気そうでも,加齢とともに色んな病を背負いこむことになるようです。一番つらいのは,自分自身を認識できなくなることではないでしょうか。私の母も70歳半ばで,段々認知傾向が出てきました。最初は,色々病院へ行って検査したりしましたが,現在では治すことが難しい病気です。人としての尊厳を著しく損ねるので,悲しい病気です。でも,夫が辛抱強く介護され,八重子さんは安らかに永眠されて,良かったのかなと思いました。昔のことはよく覚えているのですが,最近のことが覚えられない。v-87昔,有吉佐和子さんの「恍惚の人」という本を読みましたが,あれから随分になりますが,認知症は解消されていません。ならないように気を付けたいと思っているのですが,防ぎようがありません。でも,これは良いと思うことをやってみるしかないのでしょうか。羽生結弦くん,最年少の国民栄誉賞を受賞されましたね。v-315 それに高橋大輔さんも,現役復帰ですね。フィギュアスケートが楽しみになりますね。私たちも,元気で楽しく過ごしたいものです。今週の太極拳講座,行けるかなv-361

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6月17日(日)ジャンボ衣笠一門による『第16回 呉で落語を愉しむ会』があった。事前に,案内ハガキを頂いていたので予約して,太極拳の友だちと行った。13:00開場,13:30~16:15開演だった。いつもの「つばき会館音楽ホール」で早めに行ったが,結構,満席近かった。
案内状
ジャンボ衣笠さんは,呉信用金庫に勤めていおられた38歳の時,落語を始められ,年金受給者のお客さんを招いた旅行で小噺を披露し好評だったそうだ。最初は披露の場を求め,自分で老人ホームに電話し,あちこちで落語を披露し,口コミで広まった。2009年に退職してから,出演が増え,昨年は,広島県内を中心に,自治会や老人会など198回落語を披露。「ジャンボ衣笠」という名前は,プロゴルファーの尾崎将司さんの愛称「ジャンボ」とコツコツ頑張る東洋カープの衣笠祥雄さんの姓を組み合わせて命名した。呉信の職員と共に「くれしん笑芸会」の一員として落語やコントを披露している。

★プログラム1番:「口上」ジャンボ衣笠 ジャンボ一門のメンバーを紹介,弟子が頑張っている状況を話された。
★プログラム2番:「小咄」ジャンボ亭てまり入門半年目,アイドル候補。落語を聴くときの3つのポイントなど。
ジャンボ亭てまり
★プログラム3番:落語「寿限無」ジャンボ亭小まさ入門半年目,お初に登場。
ジャンボ亭小まさ
落語の初心者が入門用として,よく披露される噺。子どもが生まれ,和尚さんに命名して貰うが,有難い言葉を沢山並べた長い名前になる。名前を呼ぶだけでも大変で,それによって,色々なことが生じる。何度か聞いたが,その部分は少し違う内容になっているようだ。
★プログラム4番:落語「元犬」ジャンボ亭わけぎ2年前の2月に入門,因島沖の島から落語教室に通っている。農業をされ,わけぎを作っておられるが,現在はトマトを栽培中。
ジャンボ亭わけぎ
浅草蔵前の八幡様境内の野良犬,みんなから白と呼ばれて可愛がられ,「お前は体が真っ白だから来世は人間に生まれ変わるぞ」と言われてその気になっている。どうせなら今すぐに人間になりたいと八幡様に裸足?で願掛け参り。 満願の朝,ピューと風が吹いて,気づくと白は人間になっていた。真っ裸ではまずいので奉納手ぬぐいを腰に巻き,誰か見知った顔が来ないかと待っている。そこへ口入屋の上総屋の主人が通りかかった。白(若者)は奉公口を紹介して貰おうと上総屋に頼む。上総屋は色白でいい男の若者を気に入り,自分の羽織を着せ店まで連れ帰る。喜んだ若者は尻をふりふり後について行く。角を曲がる度に片足を上げる犬根性も残っている。上総屋に着くと台所から入るように言われる。つい先日,水をぶっかけられた所だ。家に入ると若者は敷居にあごを乗せて寝そべったり,足を拭いた雑巾をしぼった水を飲んだり,猫を見ると「ウゥ-」と威嚇している。朝飯とおかずの干物を頭からバリバリときれいに食べて茶碗をなめている。
 主人はちょっと変わった若者だが,とぼけてひょうきんな人が欲しいと言っていた隠居の家にぴったりだと気づく。早速,着る物一式を出してあげる。若者は下帯をくわえるとグルグル振って首に巻き付け始めた。玄関でおかみさんが用意した二足の下駄がない。よく見ると若者が両方履いて四つん這いになって尻を振っている。
 隠居の家に着くと,女中が取り次いでくれる。隠居のきれいな座敷に通された若者は畳のにおいをかいで,ぐるぐるぐると三べん回って横座りだ。隠居は色白で,いい男で,ちょっと変わった風な仕草をする若者をすっかり気に入ったようだ。上総屋は若者をよろしくと帰って行った。
 隠居は若者に聞き始める。「生まれは?」、若者「蔵前の八幡様の近くの豆腐屋の突き当りのはきだめの脇」,「ご両親は?」,「雄は沢山いますが,表通りの呉服屋の伊勢屋のとこの白じゃあないかと思っています。雌は隣町から毛並みのいい黒いのが来て,ついて行っちまいました」,「で,ご兄弟は?」,「三匹です。一匹目は目の明かないうちに踏みつぶされ,二匹目は可愛いと近所の子どもが連れて行きました」
隠居 「お前さん,年はいくつだ?」 若者 「三っつです」 隠居 「あぁ,二十三か,で名前は?」 若者 「みんな白って呼んでました」 隠居 「白太郎か四郎吉か?」 若者 「ただ,白っていうんです」 隠居 「あぁ,ただ四郎,忠孝,忠犬の忠か,いい名前だ」
隠居 「この頃は物騒で,女中と二人きりでは心細い。お前さんみたいな若い男にいてもらうと心強い」 若者 「ええ,あたしは夜は寝ずに番をします。泥棒なんか入って来たらむこう脛へ噛みついてやります」 隠居 「いやぁ,頼もしいね,気に入った居てもらおう。さあ,茶でも入れよう。そこの鉄びんがチンチン煮立っているから蓋を取っといてくれ」,若者は人間になってもチンチンをやるのかと思ったが, 若者 「へい,やります。はいチンチン」と大サービスだ。 隠居 「そんなにとぼけなくてもいいんだよ。あたしは焙じ茶が好きなんだ。そこの茶焙じを取っておくれ」 若者は分からずあたりをキョロキョロ。 隠居 「そこにあるホイロ(焙炉)だよ」 若者 「ウゥ-ウゥーウゥ-」と,だんだん目の色が変わってきた。 隠居 「そのホイロ!」 若者 「ウゥ- わんわんわん」 隠居 「ああ,驚いた。もういいよ,お前には頼まないから。おーい,おもとや,もとはいないか,もとはいぬか?」 若者 「はい,今朝ほど人間になりました」
★プログラム5番:コント「ホステス志願」コント・土岐
コント コントホステス志願1
(バズーカ土岐)の店に,72歳のおばあさん(ジャンボ衣笠)がやってきて,ホステスに雇ってくれないかという。その掛け合いがすごく面白かった。初めてのおばあさん役だったが,ピッタリ嵌まっていた。ホステスのイロハ,棺桶が賞品で当たるとか・・・。実は,そのおばあさんは,その店の雇い主で,隠れて自分の店の状況を探りに来ていた人だった。最近,自分の会社に潜入調査する社長をレポートしたTV番組があるが,そんな設定だった。バズーカ土岐は,男性だったが,服を着替えると,女性のホステス?になっていて驚いた。
★プログラム6番:落語「転失気」ジャンボ亭小まめ中学2年生。4年前に入門
ジャンボ亭小まめ
ある寺の和尚が体調を崩したので,医者に診てもらったところ,どうもお腹が張っているようだが,転失気はありますかな?と聞かれた。正直意味が分からない和尚。しかし負けず嫌いの和尚は知らないと言えない。『転失気はありませんな』と答えてしまう。寺に帰った和尚は,珍念を呼びつけて『珍念よ,おまえは転失気を知っているな?』「存じませんが,転失気とは何ですか?」分からないなら近所の人に借りてきなさい。と珍念に転失気を借りてくるように命じた。しかし,近所の人は知ったかぶりをして言う事がバラバラで珍念には転失気が分からない。そして珍念は和尚の薬を取りに医者を訪ねた際に転失気とは何かを尋ねた。医者が言うには転失気とは,気を転め失うという言葉から転失気,つまり屁(おなら)の事だと教わった。和尚は転失気を知らないと悟った珍念はあるいたずらを考える。薬を持ち寺へ帰ると和尚が転失気は分かったか?と聞いてきたので,珍念は転失気とは盃の事だそうですよと嘘をついた。そうだ転失気とは盃の事だ。酒を吞む器と書いて呑酒器というのだ。よく覚えておきなさいと和尚。翌朝,医者を訪ねた和尚は,昨日は転失気がないと言ったんだが実はありました。ごらんにいれましょう。珍念や呑酒器を持っておいで。珍念は言われた通りに呑酒器を持っていくが笑いが止まらない。呑酒器を見た医者が,これは盃ですな。わたくしどもは転失気は放屁の事を言いますが寺では盃の事をいうのですか?・・・・
この話のテーマは「知ったかぶりの悲劇」で,ある程度の年齢になり地位もあったりすると,知らないとは言えない状況が出てきてしまう。今でこそ分からない事があればスマートフォンで何でも検索出来るが,昔はそうはいかなかった。どうにかして言葉の意味を知りたいと奮闘するが,悪ガキのいたずらにまんまとハマったりしてしまう。
★プログラム7番:落語「紙入れ」満福亭おかわり落語歴8年,ジャンボ一門には3年前の10月に入門。
満福亭おかわり
小間物屋で働く新吉,得意先の商家のご新造さんから今夜は旦那が帰らないから遊びに来てくれと手紙をもらう。贔屓にしてくれ,世話になっている旦那には悪い気もしたが,迷った末に出かけて行く。新造は酒を勧め,今日は泊ってくれという。新吉は断るが,新造はどうしても帰るというなら,留守の間に新吉が言い寄ってきたと旦那に言うとおどす。困ってがぶ飲みして悪酔した新吉は隣の間に敷いてある布団に入る。すぐ後から長襦袢姿になった新造さんも布団へ入って来た。
さあ,これからという時,表の戸を叩く音,帰らぬ筈の旦那が帰って来たのだ。パニックに陥った新吉を尻目に,新造さんは落ち着いて新吉を裏口から逃がす。家に駆け戻った新吉,悪いことはできないものだ,旦那に気づかれはしなかったかと反省と心配しているうちに,紙入れを忘れたことに気づく。旦那にも見せたことがある紙入れで,中には新造からもらった手紙が入っているのだ。夜逃げでもしようかなんて思ったりして,まんじりともせず夜を明かす。翌朝,居ても立ってもいられず,恐る恐ると旦那の家に行く。長火鉢の前で煙草をふかしていた旦那,新吉が浮かぬ顔をしているのであれこれと聞く。女のことだと分かり,若いやつは羨ましいなんて言ってたが,これが「主ある花」,人の持ち物と聞き,「人の女房と枯れ木の枝は登りつめたが命がけ」と説教を始める。
新吉も昨夜の顛末を喋り出し,手紙の挟んである紙入れを忘れた,そこの旦那に見つかっただろうかと心配そうに言う。そこへ現れた当のご新造さん。
新造 「おはよう新さん,気が小さいのねえ。それは大丈夫と思うわ。だって旦那の留守に若い人を引っ張り込んで楽しもうとするくらいだから,そういう所に抜かりないと思いますよ。新さんを逃がした後に回りを見て,紙入れがあればきっと旦那に分からないようにしまってありますよ。ねえあなた」旦那 「そうりゃあそうだ。よしんば見つかったところで,自分の女房を取られるような野郎だよ。まさかそこまでは気がつかねえだろう」
仲入り
★プログラム8番:落語「時そば」ジャンボ亭小なん2年前の3月入門。倉敷から往復3時間かけて落語教室へ。
ジャンボ亭小なん
「時そば」は,何度か聞いたことがある。そばを食べ,お金を払う時,時刻を聞き,それに絡めてごまかす。それを見ていた男は同じように,真似をしてごまかそうとするが失敗するといった内容。
★プログラム9番:1人コント「演歌歌手のレコーディング」バズーカしげぞうピン芸人でマルチタレント。
バズーカしげぞう
★プログラム10番:落語「親子酒」ジャンボ亭小目高校2年生で入門6年目。昨年第9回ひむかの国子ども落語全国大会で日向市長賞を受賞。
ジャンボ亭小目
ある商家の大店の親子はそろって酒が好き。倅は酒癖が悪く将来が心配なので倅,親父は2人で酒を断つ約束をする。倅の方は外で他にやることも多いが,親父は,店の方は番頭に任せきりで婆さんと2人きり。何もやることはなく,退屈きわまりない。好きな酒を思い出し,「寒気がするので体の温まる物」と婆さんにそれとなく言うが,女房は知らばっくれて,「葛湯はどうでしょ」,「蜜柑のお湯」なんて冷たく素っ気ない。 「酒」と口に出すと,倅と禁酒の約束をしたくせにとんでもないと冷たい。やっと女房を拝み倒し,1本だけという約束でやっと酒にありつける。飲み始めればもう止まらない。へべれけになるまで飲んでしまうのが,飲みの性(さが)だ。
そこへ,べろべろに酔った倅が帰ってくる。父は慌てて酒をかたづけさせ,ぐでんぐでんの倅と向き合って座る。親父は倅に何で約束を破って酒を飲んだのか問い詰める。倅は,贔屓の旦那に酒をすすめられたが,親父との約束だから飲めないと断ると,飲まないと出入り差し止めという。それでも男と男の約束だから飲まないと突っぱねたら,「お前は偉い,その意気で一杯いこう」と言われ,2人で3升飲んでしまったという。親父は倅に説教するが,酔いのせいで倅の顔が幾つにもに見えて来る。親父「こんな化物に,この身代は譲れねえ」,倅「俺もこんなぐるぐる回る家をもらってもしょうがねえや」
★プログラム11番:落語「親の顔」ジャンボ衣笠
ジャンボ衣笠
『親の顔』は立川志の輔作の新作落語。志の輔がプロになってから初めて創作した落語でもある。現代落語だが,登場人物の名前が八五郎であるなど,古典の要素もちらほら含まれている。
冬のある日,ご隠居のところに,友人の八五郎がやって来る。なんでも八っつぁんは,息子の金太の学校から呼び出しを食らったらしい。訳を聞くと,1枚の答案を差し出される。その答案は,100点満点で5点というとんでもないものだった。また,誤答の内容も「太郎くんと次郎くんがそれぞれ1/2、1/3ずつ草むしりをしたら、草はどれだけ残るでしょう」という問いに対して「やってみなけりゃわからない」といった,トンチンカンどころじゃ済まないようなものであった。原因がコレであることは火を見るよりも明らかだった。しかし,八っつぁんとしては,何故それで自分が呼び出しを食らうのかが理解できずにいた。そこで,半七が「昔からの諺でよく言うように『親の顔が見てみたい』てやつなんだろう」と言うと,八っつぁんは納得し,「それなら早く顔だけを先生に見せて帰ってこよう」とやっと学校へ向かう決意をする。
教師・親・金太の3人による三者面談が始まった。八っつぁんが「なぜこんな解答をしたのか」と金太を問い詰めている。すると,金太は,いずれの誤答にもあながち間違いとは言い切れないのではないかと思わせるような屁理屈を言ってくる。それで,次第に八っつぁんも金太が正しいように思えてきてしまう。そんなわけで,金太の点数は,どんどん上昇する。実はこの面談は,「親である八五郎がこの答案を見て,金太を怒鳴り散らすんじゃないかと言うことが心配になり,世の中正解だけが全てではない。もっと子供の幅のある思想を大事にしてやるべきだ」ということを八五郎に伝えるために先生がしたことだった。しかし,八五郎の思想には,それ以上の幅があるのだと思い知ったため,先生は八五郎にもう帰ってもいいが,その代わり「八五郎の親に会わせて欲
しい」とお願いをする。八五郎が訳を尋ねると,先生は八五郎の親の顔が見てみたいとのことだった……。
ジャンボ衣笠のいつもの「やってるかい!」もあった。

早目に昼食を食べて行ったので,座席につくと,何となく眠気がしてきた。それでよく覚えていない所もあったりして,思い出せないのもあった。それに,10日前なので,記憶も薄らいできていた。でも,久し振りに笑わせて貰った。
最近の新聞の投書欄にジャンボ衣笠さんの投書が掲載されていた。三原の鷺浦小学校の授業での落語の取り組みについて書かれていた。広島県内を中心に広範囲に活動されている様子で,子どもの落語愛好者やお弟子さんが増えて,頑張っておられる様子が感じられた。
新聞記事
これからも,益々のご活躍を

【2018/06/26 15:06】 | 落語
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yasumama
ジャンボさん一門・・ますますの発展ですね~~。v-217
最初は可愛い小目君だけでしたけどすっかり 成長されて 一番弟子ってところでしょうか。1日でも早く入門なさったらと先日 志らくさん??談春さん??だったか 本に書いてありましたね。
ジャンボさんの こうして 社会に貢献なさってるのですね。
昼食後で少々 👀がトロンとする時もありましたが のってるか~~い・・・ィェィで元気力UPでした。
ありがとう御座いました。v-237

yasumamaさんへ
K.N
v-315ジャンボ一門,あちこちで精力的に落語会をされていますね。小さかった子どものお弟子さんたちもすっかり頼もしい青年になられて・・・。ジャンボ衣笠さんのWebページ「広島弁爆笑落語」で活動が紹介されていますが,ホントお忙しい毎日みたいです。立派な社会貢献ですね。今回,いつもの落語だけでなく,初めて聞く落語もありました。最初,食後なので少し眠気がしましたが,面白く聞けました。ジャンボ衣笠さんのおばあさん姿でのコント,よく似合って笑えました。v-411


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