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時は,過去,現在,未来へとずーと繋がっている。時の変化は,何気なく過ぎ去っていく。時は確実に流れている!
10月31日(水)姉は,用事があるということだったので,27日(土)近江八幡に行った時,八幡堀に行かなかったので,1人で行く事にした。JRで近江八幡駅で下車。駅の側の案内所で,近江八幡への道を聞いた。すると,「今,停まっている6番のバスに乗りなさい」と言われ,急いで飛び乗った。言われたように,小幡町の停留所で下車。
八幡堀の地図
案内所で貰った地図を見ながら,新町通りから,日牟禮神社の方へ向かった。
日牟禮神社 堀めぐり案内板
八幡堀巡りの舟の乗り場が分からないので,何人かの人に聞いて,やっと,「かわらミュージアム」の側の乗り場を見つけた。八幡堀は,安土・桃山時代に豊臣秀次の八幡山城居城のもと,城下町が栄える原因となった町の一大動脈。 近江商人の発祥と発展,また町の繁栄に八幡堀は大きな役割を果たし,江戸時代後期には近江国において大津と並ぶ賑わいを見せた。昭和初期までは,常に町の人々の経済・流通路だったが,戦後は陸上交通の発展によって廃れた。堀に沿って,白壁の土蔵や旧家が立ち並び,華やかだった当時の様子をよく伝えている。日牟禮八幡宮の大鳥居をくぐったところに,堀に白雲橋がかかり,橋からは,かつて全国各地から送られてきた物産を一時保管した土蔵が見られる。近年になって,観光名所として整備され,船着き場などが復元された。
瓦ミュージアム 堀めぐりの和舟
舟の乗り場には,誰もいなくて,「次は12時からです。名前を書いて下さい。」と書かれた紙があったので,名前を書いて,30分位八幡堀の界隈を散策した。八幡堀の堀巡りは,所要時間30~40分,大人1000円だそうだ。
堀めぐり案内
12:00になったので,舟に乗った。客は,6名だった。堀の両側を眺めながら,女性の船頭さんの説明を聞いた。春には,菖蒲などの花が咲くので綺麗だが,現在は,所々,夏草の枯れたのとか,雑草が目立って,思った程良くなかった。堀を管理するのも大変なのかも・・・。
八幡堀1 八幡堀の側の家
白雲橋と石畳
白雲橋 白雲橋と石畳の小路
お寺と雁木
お寺 雁木
何軒か,京料理屋があった。
京料理宮前1 郷土料理喜兵衛
ホフマン窯赤レンガの里,長い煙突が立っていた。“富国強兵”“殖産興業”をスローガンに日本全体が近代化に力を尽くした明治時代。その象徴ともいうべきものが煉瓦を使った建築物だった。ヨーロッパの町並み,特に日英同盟の関係から,英国風の町並みを模倣することは当時の最先端のモードで,日本中の重要な建築物に大量の煉瓦が用いられた。煉瓦建築の需要が高まると,滋賀県内でもいくつかの煉瓦製造工場が操業を開始された。そのうちのひとつが,近江八幡にある旧中川煉瓦製造所。日本の近代化を支えた煉瓦工場の巨大な窯と煙突が,役目を終えて40年以上もの歳月を経た今も,往時の面影を残しながら奇跡的に同じ場所に佇んでいる。向こうから,私が乗った舟とは違う舟が通りすぎて行った。
ホフマン窯赤レンガの里 違う舟
舟は,出発地点に戻り,下船した。その先に,橋が舟を台にして架けられていた。白雲橋を渡ると,大きな鳥居の所に出た。西洋風の建築の影響を受けて,鳥居の上にもそれらしいものが見えた。鳥居の向こうには,白雲館が見えた。
浮き橋1 鳥居と白雲館
その手前には,近江商人の説明板があった。この堀割りによって,近江商人・八幡商人が活躍できたそうだ。
八幡堀の説明
白雲館は,明治10年,八幡商人たちにより,子どもの教育充実を図るために建てられた,かつての八幡東学校。
白雲館 白雲館1
イギリス人ヴォーリズは明治38年に八幡商業高等学校の英語教師として来日。昭和39年に83歳の生涯を終えるまで彼は近江八幡市に留まり,キリスト教の伝道とその主義に基づく社会教育,出版,医療,学校教育などの社会貢献活動を続けた。そしてこれらの事業を経済的に支える為,多くの人々と力を合わせ,建築設計会社やメンソレータム(現メンターム)で知られる製薬会社などの企業活動を展開した。生涯,個人資産を持たなかったヴォーリズの精神は,今の近江八幡市に脈々と流れており,全国の様々な方や団体もヴォーリズの精神,事業等を受け継いで活動している。白雲館の建築は,ヴォーリズによるもので,近くに記念館もある。生憎,中は見学しなかった。
その後,昼過ぎになったので,近くさんで,カルビー丼を食べた。肉が沢山入っており,美味しかった。因みに,1500円だった。
カルビー丼
昼食後,最寄りのバス停でバスに乗り,近江八幡駅に行って,JRに乗り,草津駅まで行った。ショッピングが目的だったが,本屋でNHK朝ドラ「まんぷく」の日清食品の創始者安藤百福について書かれたを買った。草津駅は,東海道と中山道が出会う場所とのことで,モニュメントがあった。少し,お店をぶらぶらして,再び,JRに乗って,姉の家に帰った。
中山道 まんぷく
11月1日(木)午前中の新幹線で帰宅した。2日(金)は,祭りのしめ縄飾り,絵画教室むさしの会のレッスン。3日(土)は地元の祭りなので,家に帰っても,色々と忙しかった。1泊2日の旅行と姉の家へのお泊りだったが,結構,疲れた7日間だった。我が家が,やはり,落ち着くなと思った。
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【2018/11/16 20:48】 | 旅行
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yasumama
まあまあ 1人でどこでも行ける勇気をお持ちで ビックリしかありません。
行動力 体力にv-221
八幡堀界隈 いろんな歴史があり 時代によって 繁栄したり すたれたり 時代の淘汰って 不思議ですね~。
わが市も 大きな変貌を遂げて 現在があるのですね~。
面白いと言ってはいけないけど 体験なさった価値充分 おありですね。
興味が持てる行程です~~。
こうして 何度も言うようですが 素晴らしい・・。v-237v-237
なんだかんだと言っても 我が家が一番ですけど 時折 冒険を求めたい気持ちが沸いてきます。
永いお留守でしたね~。v-390

yasumamaさんへ
K.N
v-388姉は,すごく忙しい人なので,私は,自分の行きたい所へ1人で行く事にしました。ボアンティア,ゴルフ,グランドゴルフ,ピアノ指導,菜園づくり,2人の大食いの男性の食事,家事など,傍にいるだけでも疲れます。v-356私は比較的のんびりしているので,どうしてそんなに忙しくするのと呆れてしまいます。地図を頭に入れておくと,どの電車に乘るべきかわかります。1人も,自分が好きなように行けるので楽しいです。v-352滋賀県は歴史的舞台になった所が多いので,行ってみる価値があります。近江八幡は,行ったことがないので,ワクワクしました。ツアーも良いけど,一人旅も良いですよ。でも,家に帰るとホットしますね。v-34




旅も終わりですね
kawaii155cm
K.Nさんが好きそうな場所ですね。
私も行って見たいです。
一人もよかったのではないですか。
観光の時期によって景色が違って、枯れた風景、それもまた、風情があるでしょう。
地元の皆さんが守ってこられた八幡堀、時代劇の撮影にもよく使われているようですね。

blogでの旅のご報告、ありがとうございました。
私もわくわく、楽しく、次のupが待ち遠しく読ませていただきました。もう一度読み返したりもさせていただいています。旅心をそそられます。

私は、先週末から、沢田研二さんのコンサート、親戚の法要、プチ同窓会、カラオケなどなど、西へ東へ走り回っておりました。

楽しかったり、癒されたり、感動したりしていても、やはり疲れはたまるので、お疲れが出ませんようにお過ごしください。

kawaii155cmさんへ
K.N
e-172いつもツアーで行きますが,今回のような旅も良かったのかなと思っています。奥能登のツアーがお天気だったら,もっと楽しめたのにと思います。kawaii155cmさんも行かれたら良いですよ。お義母さんの介護も大変ですが,ガス抜きも必要ですね。e-343沢田研二さんのコンサート,1回は無事コンサート開かれたのですね。色々と楽しめたようで良かったですね。v-4最近は,訃報のハガキがちらほらと届きます。思いがけない方が亡くなられたりして,自分は大丈夫かなと思ってしまいます。元気で日々充実させ楽しみたいものです。v-398

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10月30日(火)旅行2日目。朝食は,バイキングだった。余り食べ過ぎないように,考えて選んだが,やはり食べすぎ!
朝食
専用バスに乗って,海岸の側の道路を走り,9:00に輪島に到着。バスから降りて「輪島朝市」に行った。お天気のせいもあるのか,余り賑わっていなかった。
朝市1 朝市2
朝市通りに,似つかわしくない西洋館があった。輪島塗漆器,製造販売の老舗「稲忠漆芸堂」が,世界の王様や王妃たちが愛用していた王朝美術品を集めて展示していた美術館だったとのこと。残念ながら,一昨年会社は破産して今は営業していないそうだ。
西洋館
2015年前期のNHK朝ドラの『まれ』の舞台になったそうで,「輪島ドラマ記念館」が朝市通りにあった。
輪島ドラマ記念館 まれ
朝市で,おばあさんの店で,手作りの可愛いわらじのキーホルダーを買っていると,急に土砂降り雨になって,急いで駐車場の専用バスに飛び込んだ。これって,“きつねの嫁入り”?しばらくすると,雨は止み,青空が出てきた。
10:00「白米千枚田」に到着。輪島市白米町にある棚田で,日本海に面して,小さな田が重なり海岸まで続く絶景は,日本の棚田百選,国指定文化財名勝に指定され,それらの風景は2011年6月に「世界農業遺産」に認定されている。
世界農業遺産認定
荒い波の日本海。こちらでは,少し晴れ間が見えた。千枚田は平均面積が18平方メートルと小さく,機械による効率化が図れず,殆どが昔ながらの人力による過酷な作業となっている。後継者不足と高齢化で,JAや愛耕会や市役所などのボランティアの協力により,千枚田オーナー制度の支援を受けながら米作りが行われているそうだ。「まれ」の主演女優土屋太鳳や有名人も会員になっているそうだ。
白米千枚田 白米千枚田1
10:40バスで,道の駅「すず塩田村」に到着。途中の日本海の海岸線は,波が高く,荒れていたが,急に晴れて,虹が出る時もあった。
虹1 道の駅すず塩田村
能登では,江戸時代以前より続く伝統ある「揚げ浜式製塩」が続けられている。汲み上げられた海水を塩田の砂に振りまき,太陽と風の力で乾燥させる。NHK朝ドラでも,まれのおじいさんが海水を砂の上に撒いるシーンがあった。現在,NHK朝ドラでも塩を作っていますね。
能登揚げ浜式製塩 海水を撒く
塩分を含んだ砂を集めて,海水をかけて塩分の濃い「かん水」を作り,それを平窯で煮詰めていく。画像右側の奥が煮詰める所かな。
塩砂を集める 塩田
展示館には,岩塩など世界の塩が展示され,揚げ浜式で作った塩とそうでない方法で作った塩の味比べのコーナーもあった。
塩
昼食は,あらかじめ注文していた「カニちらし弁当」(1100円)を車内で移動中に食べた。北陸のカニが沢山入っていて美味しかった。弁当には,割り箸ではなく,輪島塗の箸が付いていた。途中の海に,ゴリラの横姿をした岩が見えた。
能登カニ弁当 ゴリラ岩
12:00「禄剛崎灯台」に到着。「狼煙の灯台」とも言われ,明治時代にイギリス人の設計で造られた白亜の灯台。禄剛崎は,能登半島の最先端で,ちょうど外浦と内浦との接点にあたる所。この岬は「海から昇る朝日と,海に沈む夕陽」が同じ場所で見れることで有名。無人のため,灯台の中は見学できないが,年に数回一般公開がある。ガイドさんの説明があった。突先から下の海岸を見ると,千畳敷になっていた。
禄剛崎燈台 禄剛崎燈台下の海岸
禄剛崎灯台の説明と,東京,釜山,上海までの距離が書かれた石碑と禄剛崎灯台点灯百周年記念碑が立っていた。
禄剛崎燈台1 禄剛崎燈台点灯百周年記念碑
さらに,こちらには,「日本列島ここが中心という石碑も立っていた。
日本列島ここが中心
13:30「見附島」に到着。珠洲市の南部,鵜飼海岸(着崎海岸)の南東200 - 300mに位置する。当地に広く分布している新第三紀珪藻泥岩からなる白亜の島で,周囲400m,面積1,147m2,標高は28メートルである。見附島という島名は,空海(弘法大師)が佐渡島から当地方に渡った際,最初に見付けた島であることに由来する。当地に降臨した加志波良比古神が最初に見つけた島とも伝わる。こちらでも,綺麗な虹が出ていた。
見附島 見附島の虹
また,島の形が軍艦に似ていることから,「軍艦島」とも呼ばれている。辺りを少し散策して,バスに乗って帰路についた。
見附島軍艦
専用バスに乗って,七尾市の能登食祭市場で夕食に弁当を買った。鮭とイクラが沢山載った弁当ですごく美味しかった。弁当はバスの中で食べた。バスは,一番最初に乗ったバスに乗り換えた。雨も降らなくなったので,帰りに,千里浜なぎさドライブウェイをバスで走れるのかと思ったが,運行できないとのことだった。途中で,2回程トイレタイムを取って,ひたすら,滋賀県の近江八幡に向けてバスは走った。秋は早く日が暮れるので,景色などが見れなくて,すごく長時間バスに乗った感じがした。19:55「近江八幡」に到着。こちらで姉の家までJRに乗って,最寄りの駅から歩いて帰宅した。すごく疲れた!

【2018/11/13 20:07】 | 旅行
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kawaii155cm
先生!揚げ浜式製塩小屋の画像が私のPCでは、上手く表示されません。
もう一度、貼り付け直してみてください。
塩田も塩の専売制度も廃止され、各地で細々と続けられたり、復元されたりして観光用の塩田が各地にありますが、日本で「揚げ浜式製塩」は、ここだけのようですね。揚げ浜式は他のどの製塩法より労働力が半端でないように思います。
香川県の宇多津で「入り浜式塩田」の復元されたものを20年ほど前に見たことがあります。その土地に合ったいろんな製塩法が考えられたのですね。
塩づくり体験ができるのではないですか?夏場だけですかね。
学生の頃住んでいた神戸でも、塩屋という地名の町があり、江戸時代に塩を作っていたと聞いていました。
今はもう、塩も輸入ですね。
「白米千枚田」。人力で耕作されているのが凄いです。「しんど~!」って思ってしまう。「世界農業遺産」に登録され、やめるわけにはいきませんねぇ。放っておいたら草ボウボウの荒野原になってしまうところでした。
雨が降ったので虹を何度も見ることができましたね。
朝市もその土地特有のものが並べられていて、楽しそうです。(ここでも雨だったんですね。)
連日の観光、やはり疲れます。
でも、まだまだ旅は続きますね。
楽しみにしています。



yasumama
おっ、まさに軍艦島のかたちですね。
ここにもいろんな言い伝えがあるのですね~~。
灯台あたりは いかに強い風がふいてるか お写真から推察できるな~~。当たり前??
こういうところを歩くって力を入れて あるくから お疲れでしょう・・。
千枚田・見るには美しいけど 作業となると 大変さがわかります。でも いいですね~~。
輪島・・・随分前に連れ合いと 行った記憶がよみがえりました。
朝市も楽しみの一つだけど なかなか 買って帰るわけにもゆかず 残念でした・・・いつだったかな~~・懐かしい・・ちょっと 涙がでそう。
雨はいやですが 何度も美しい虹を眺められてそれはそれで 良かった??かな。
さてさて それでは お帰り?かな。
明日は又 忘れ気味の孫式・・ちょっと今から やってみようかと 思いながら 後で、いいや~~。v-393

kawaii155cmさんへ
K.N
v-216やはり,揚げ浜塩田小屋の画像は,出てきませんか。私の方は,最初から表示されています。どうしてなのでしょう。データが重いと遅れて表示されることはありますが,・・・v-361昔から,勤勉な私たちの祖先は,営々として,大変な作業をしていたのですね。TV朝ドラの「まれ」の中で,何度か塩つくりをしていました。炎天下で暑い,しんどい仕事です。白米千枚田も同様です。狭いので農機具は使えず,人力だけです。日本中,あちこちに残っていますね。今は,稲刈りも終わって草が生えているだけでした。世界農業遺産を守るのも大変ですね。v-277v-279朝市は,決まった日は盛況だそうですがお天気が悪いので今一でした。北陸は仕方ないのかしら・・・。v-388

yasumamaさんへ
K.N
良い名前ではないですが,長崎にも「軍艦島」がありますね。こちらは,自然そのままの島で,形が軍艦に様な所から名づけられたようです。歩いて,島まで行けそうな感じでした。禄剛崎灯台は,能登半島で最先端で,高台にあります。上まで行くのに,軟弱な私は息切れがしました。v-356灯台の中が見たかったですが,公開でなくて残念でした。奥能登は見所も色々あるのでしょうが,天気が良ければ良かったですが・・・。でも,何度も虹を,しかもダブルで見れたので良かったです。私としては,輪島塗の工房なども見たかったのですが,ツアーのコースに入っていませんでした。明日は,太極拳講座,今回は何度もお休みしましたし,復習をしないので,v-406覚えられなくて悲しいです。まあ,楽しんですればいいかなと思ってみたり・・・です。

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10月29日(月)例年の如く,姉と1泊2日の旅行『ぐるっと奥能登!感動8景めぐり2日間』に行った。姉の家の最寄りの駅の隣駅から,バスで途中何名かずつ乗せて,能登半島に向けて9:10に出発。
旅程地図
11:40石川県の加賀市の「月うさぎの里」に着いた。うさぎの大小のオブジェが店内のあちこちにあった。傷ついた白うさぎを助けたところ,農作物が不作で困っていたが,豊作に転じたという加賀のうさぎ伝説があるそうだ。
大きなうさぎの置物 ハロウィンうさぎ
昼食は,店内の団体用の食堂だった。土産を少し買った。触ったら。幸せになるという「撫でうさぎ」にも触った。店の外にも,うさぎが沢山いて,触れ合えるようになっていたが,雨が少し降っていたので,中止だった。
月うさぎの里昼食 撫でうさぎ
これから,道路が少し狭くなるということで,バスを乗り換えた。バスは,海岸に並行した「のと里山海道」をひたすら走った。
途中の海はかなり荒れ模様だった。
荒波1 荒波2
時々,雨もかなり降って,「千里浜なぎさドライブウェイ」は中止になった。砂浜をバスで通るのだが,30数年前,タクシーの運転手が,広々した海岸を思い切り走ったら,気持ち良いだろうということで始まったそうだ。これは,初体験なので期待していたのだが,残念だった。
千里浜ドライブウェイの発祥 千里浜なぎさドライブウェイ
14:00千里浜レストハウスに到着。入口に,恵比寿さんの砂のオブジェがあり,海岸の環境保全のための浄財を募っていた。
千里浜レストハウス外観 千里浜レストハウス内
レストハウス内の土産物を見て,外へでた。そちらも砂のオブジェが作ってあった。こちらが,千里浜なぎさドライブウェイの乗り場かなと思われた。
千里浜レストハウス砂のオブジェ 千里浜
バスは雨の中をどんどん走り,14:35気多大社に到着。気多大社は,能登半島の付け根,羽咋市北方に日本海に面して鎮座する。祭神の大己貴命は出雲から舟で能登に入り,国土を開拓したのち守護神としてこの地に鎮まったとされる。古くから北陸の大社として知られ,中世・近世には歴代の領主からも手厚い保護を受けた。現在は本殿など5棟の社殿が国の重要文化財に指定されている他,国の天然記念物の社叢「入らずの森」で知られる。「気多大社鳥居」。「神門」,安土桃山時代(社伝によれば天正12年(1584年))の造営。切妻造,四脚門で、檜皮葺。
気多神社鳥居 気多神社神門
「手水舎」。「拝殿」,江戸時代の承応2年(1653年)または承応3年(1654年)に大工・山上善右衛門による造営とされる。入母屋造妻入で,檜皮葺。
手水舎 気多神社拝殿
「本殿」,江戸時代の天明7年(1787年)の造営。三間社(桁行3間、梁行4間)の類例の少ない両流造で檜皮葺。「神庫」,本殿と同じく,江戸時代の天明7年(1787年)の造営。方一間の校倉造檜皮葺で,もとは「宝蔵」と呼ばれていた。
本殿 神庫
「入らずの森」,境内裏手に原生林の社叢が広がっている。立ち入りは禁止されている。社叢内には,一般の参拝はできないが奥宮が安置されている。30,000平方メートルの広さの中にタブの木をはじめツバキ,シイ,クスノキ,カラタチなどの常緑広葉樹が密生し,樹齢百年をこえる木が林立している。国の天然記念物に指定されている。「合格橋」
入らずの森 合格橋
神門,拝殿,本殿の3棟はいずれも国の重要文化財に指定されている。恋愛のパワースポットで縁結びの神様が祀られているそうだ。
15:30「能登金剛」へ到着。能登半島国定公園を代表する景観の一つ。福浦港から関野鼻までの海岸線をさし,険しい断崖と荒波が作り出した奇岩が続いている。1番の見所は,「巌門」で,浸食によってぽっかりとあいた大きな穴は圧巻!「鷹の巣岩」や「機具岩」,「碁盤島」を巡る遊覧船が出ており,海上からも巌門を眺めることができる。生憎,雨模様で,景観は今一だった。
能登金剛地図
天気が悪くて綺麗に見えないが,突先が「鷹の巣岩」,右側が「巌門」。すごい迫力で,海水が大きな穴から噴き出している。この辺りの景色を嘉永6年(1853年)安藤広重が「60余州名所図会」に能登国の「滝の浦」として風景版画としている。
鷹の巣岩 厳門
「幸せの巌門橋」,「松本清張の歌碑」は,「雲たれてひとりたけれる荒波を恋しと思えり能登の初旅」この歌碑は,松本清張作「ゼロの焦点」の小説の影響を受けて,能登金剛に身を投じた女性を哀悼するため,1961(昭和36)年7月に建てられた。 悲劇のヒロインを思い,この地を訪れるファンも多くいるそうだ。
幸せの厳門橋 松本清張歌碑
遊覧船は,大人1100円で20分間。生憎の雨で,その日は遊覧船は中止だった。北陸は,“弁当を忘れても,傘を忘れるな”と言われている。
遊覧船 巌門近寫
17:00位に,本日の宿「能登ロイヤルホテル」に到着した。ベッドの部屋で広くてゆったりしていた。天気が良ければ,ホテルから夕陽が美しく見えるのだが,こちらも残念だった。18:00~夕食でバイキングだった。
能登ロイヤルホテル 夕食バイキング
調子に乗って,余り食べ過ぎないように気を付けた。入浴後,就寝。1日中,バスに揺られていたので,結構,疲れていたので,ぐっすり。

【2018/11/10 19:49】 | 旅行
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yasumama
いよいよ 本格的な旅のはじまりですか。v-218
お天気がわるかったのですか。それは 残念な所もあるけど あらぶる波が打ち寄せるのってなんとなく風情がありますね~。
台風並みは困るけど 適度には よかったのでは・・。
沢山の雨がふったのですか。いろいろ中止になる事があって それは残念でしたけど・・・。
山陰も傘忘れるなって言われるけど 北陸も,“弁当を忘れても,傘を忘れるな”と言われてるのですね。
日本海側はそうなんでしょうか。でも 最近は急に大雨が降ってきたりして 困りますよね。さすが 強行軍みたいですが 気力・体力満点のそちら様にはぴったりなご旅行ですねv-354
今日はお疲れ様 みんな 久しぶりであの変った24式と言えども ちょいとびっくり 戸惑いました。v-217

雨だったんですね・・・
kawaii155cm
奥能登、感動8景

晴天の中、旅が進めば最高です。雨が降ると残念ですが、当たり前のその土地の様子を見たり体験したりできて、それも旅の楽しみのように思います。
能登はほとんど知りません。
清張のあの碑はこちらにあったのですか。この碑文にはちょっと、思い出がありました。
山陰や能登は清張作品の舞台になっていますよね。山陰にも碑があります。

海の神様「恵比寿様」の砂のオブジェ。豊漁や商売繁盛を祈願する神様ですが、私はこの恵比寿様が大好きです。たくさん浄財を集めて頂きたいです。
恋愛のパワースポットもいいですね。

まだまだ、旅は続きますね。
次は奥能登の2日目?
楽しみにしています。

私は10日に京都の三千院、寂光院を尋ねました。歴史に触れるとともに、紅葉が美しく、苔の緑とのコントラストが素晴らしかったです。

yasumamaさんへ
K.N
v-279旅行に行く前までは,天気が良かったのですが,旅行の2日間は雨・曇り・晴れと目まぐるしく移り気な天気でした。激しい雨の後に,青空が出たりして,変わった空模様でした。今までの旅行は,お天気にめぐまれていましたが,やはり,e-330日本海側は不安定なお天気ですね。千里浜なぎさドライブウェイや塩田などが体験できなかったのが残念でした。それに,綺麗に晴れていないとe-111写真がうまく撮れなかったです。でも,晴れ間に,同時に虹が2つも架かったのはラッキーでした。e-491

kawaii155cmさんへ
K.N
v-464日本海側は,いつも不安定な天気ですね。でも,綺麗に晴れていた時もありました。でも,かなり,曇り&雨だったので,景色が綺麗に見えなかったです。v-87松本清張の「ゼロの焦点」は,北陸地方を舞台に,太平洋戦争直後に端を発する時代の傷痕が生んだ連続殺人事件だから,歌碑が設置されていました。「恵比寿様」はいつもニコニコして商売繁盛のシンボルですね。2日目blogを作成中です。kawaii155cmさんが行かれた京都の三千院,寂光院はそろそろ紅葉の見頃だったでしょう。v-34私が滋賀県に行った時は,まだまだといった感じでした。何度か訪れた所ですが素敵なスポットですね。何と言っても,京都はわび・さびの文化で,落ち着きますね。

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10月28日(日)朝から,姉と一緒に最寄りの駅から,JR新快速に乗って,京都駅まで行った。京都駅から,地下鉄に乗って,今出川で下車。同志社大学の前を通って,左に折れ,相国寺の総門から入った。
総門 拝観受付
萬年山相国寺は,足利義満が自らの修業の道場として建立した禅寺。10歳で将軍職に就いた義満は,細川頼之の補佐を受けながら,室町に花の御所を造営し,幕府の基礎を固めるが義満を陰に陽に補佐し,思想的に支えとなったのが春屋妙葩をはじめとする相国寺の禅僧達だった。北山の地に相国寺の山外塔頭となる鹿苑寺(金閣寺)を建立し,南北朝の統一を成し遂げ,国家の安定を実現する。
拝観受付があり,700円払って靴を脱いでスリッパに履き替え,まず,方丈を見ることにした。
案内図
方丈は,住持が起居し,接客や法要・仏事などに使用される住坊。表方丈・裏方丈を合わせて6間168畳の大建築。文化4年(1807年に再建された。堀に囲まれた中に南面して建っている。正面に中国宋時代の書家・張即之筆の扁額「方丈」が掛かっている。
方丈 
原在中筆「中国普陀落山図」
相国寺方丈 原在中筆「中国普陀落山図」
杉戸に,原在中筆「白象図」や牡丹や滝の絵が描かれていた。御所参内用の駕籠もあった。
方丈白象図板絵 滝の板絵
庭には,砂に綺麗に箒目がつけられていた。南側に法堂の屋根が見えた。
方丈から法堂を撮影
次は,法堂に入った。法堂は,慶長10年(1605年)豊臣秀吉によって,再建された。堂々たる威容を誇る。わが国で現存する法堂建築としては最古とのこと。「無畏堂」(本来畏れることなく説法を聞くお堂)と称し,仏殿を兼ねている。天井に,天井には,狩野光信筆の「蟠龍図」があり,下で手を打つと反響音が聞こえる鳴き龍として有名。試しに,大きく手を打ってみた。床には,白い線が引かれているが,これは,法要の時,僧侶が歩く道を示している。
蟠龍図 蟠龍図1
次は,開山堂に入った。開山堂は歴代祖師の木像を安置し,特に勧請開山・夢窓国師像の箇所を開山塔という。桃園天皇皇后の恭礼門院の旧殿、黒御殿を文化4年(1807年)に移築したもの。前庭は,かって水が流れていたので「龍渕水の庭」とも呼ばれていた。白砂を敷き詰め,奥に奇岩を配して四季の樹木を植えるという,禅宗の前庭としては珍しい。
開山塔

開山塔の庭 開山塔の庭1
珍しい芭蕉の絵が描かれた杉戸絵があった。丸山応挙・応瑞筆「芭蕉小狗子図」。
開山塔杉戸絵
開山塔の近くには,大きな鐘楼,鎮守八幡宮や宗旦稲荷社があった。
鐘楼 宗旦稲荷社
その後,相国寺の境内の「承天閣美術館」に入った。“温故礼讃”というテーマで.拝観料は600円だった。京都五山の第2に列せられ,絶海中津や横川景三といった五山文学を代表する禅僧や如拙・周文・雪舟ら日本水墨画の規範を築いた画僧を多く輩出,地理的にも,文化的にも京都の中心であり続けてきた。中近世の墨蹟・絵画・茶道具を中心に,多数の文化財が伝来。昭和59年(1984年)相国寺創建600年記念事業の一環として,本山相国寺・鹿苑寺(金閣寺)・慈照寺(銀閣寺)・他塔頭寺院に伝わる美術品を受託し,保存,展示公開,修理,研究調査,禅文化の普及を目的として,承天閣美術館が建設された。
玄関
開山塔に安置される屈指の博識明敏な国師「開山夢窓国師像」,足利義満に深く信任され相国寺の創建に多大な貢献をした「第二世普明国師像」
開山夢窓国師像 第二世普明国師像
室町第三代将軍足利義満公
開基足利義満公肖像
展示:伊藤若冲「月夜芭蕉図床貼付」,伊藤若冲「葡萄小禽図床貼付」
伊藤若冲「月夜芭蕉図床貼付」 伊藤若冲「葡萄小禽図床貼付」
長谷川等伯「竹林猿猴図」,伊藤若冲「釈迦如来像」
長谷川等伯「竹林猿猴図」(重文) 伊藤若冲「釈迦如来像」
俵屋宗達筆 烏丸光広賛「蔦の細道屏風」重要文化財
俵屋宗達筆 烏丸光広賛「蔦の細道屏風」重要文化財
明時代 双福 文正筆「鳴鶴図」重要文化財
明時代 双福 文正筆「鳴鶴図」重要文化財
丸山応挙筆「大瀑布図」重要文化財,伊藤若冲筆「竹虎図」双福のうち
丸山応挙筆「大瀑布図」重要文化財
すごい文化財の数々が所蔵されている。相国寺は広大な敷地(以前は,同志社大学の敷地も相国寺の物だったそうだ)と,歴史的にも文化的にも力を持った由緒あるお寺だなと思った。以前,長谷川等伯の本を読んだり,伊藤若冲のことについてTV番組などを見ていたので,本物が見れて良かった。昼過ぎになったので,地下鉄で京都駅まで戻り,軽めの昼食を食べてJR新快速に乗って,姉の家に戻った。夕食は,すき焼きと姉の野菜料理を4人でビールを飲みながら頂いた。

【2018/11/07 22:24】 | 観光
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yasumama
今日は今日はと 楽しみに 開いてみましたが やっとお目にかかりました。 相国寺って仰ってたので ネットで こんな所なのかと 見てました。v-426
キチンと このように UPできるって 素晴らしいですね~。
いろんな歴史的なお宝??撮影 OKだったのですね。いつも 堂々とお撮りに なって らっしゃるから どれも 美しい。
私の様に 遠慮がちに撮られるのとは 大違い。
すごい文化財なのですね~。v-410
久しく 歴史があふれる建造物・設備??など 行ってないのでこの素晴らしさを堪能させて頂きました。

夕食のす・き・焼き・・・美味しかったでしょうね。
まだ、まだ続くのでしょうね。
あんな素晴らしいものを鑑賞なさって 現世に戻ればって・・・ 想像してしまいます。v-353

すごい国宝!文化財!
kawaii155cm
yasumamaさんも待っておられたご様子ですが、私もこのupを心待ちにしていました。お疲れが出たのではないかと電話しようかと思っていたほどでした。
多くの画像、楽しませてもらっています。
どこかで目にしたものが多かったですが、どこの寺社にあるのか、繋がっていませんでしたが、先生のおかげで繋がりました。また、すぐに忘れてしまうかもしれませんが、訪れる機会があったらこの先生のblogと共に思い出すと思います。
白い砂、枯れた川、気持ちよかったでしょうね。人もそれほど多くない様子で、しっかり堪能できたのではないでしょうか。旅は本当にいいですね。
私も介護の合間を縫って、明日から2日間、大阪に孫の七五三で参ります。
ちょうど、義妹も京都に11日に行く用事があり、一日早く明日から出かけて二人で京都か大阪か神戸の観光を考えています。今日、目的地を決めます。
朝、早い京都もいいかな?と考えています。
次のupを楽しみにしていますね。

yasumamaさんへ
K.N
v-354姉が,萬年山相国寺が,秋期(9月25日~12月15日)特別拝観になっているのですごく良いので行こうということで,2人で行きました。今出川で地下鉄を下車。京都は町の区画がきちんとしているので迷わず行けます。以前,長谷川等伯の本を読んでいたこともあり,特に興味を感じました。また,個性的な絵を描く伊藤若冲も私の好きな絵師です。写真は,建物の外観は撮れますが,中の重要文化財などは撮れないので,ネットから画像を拝借しました。昔から連綿と続いている建物,仏像,襖絵など,うっとりしました。v-271夕食は,大食漢が2名いるので,事前に肉をクール宅急便で贈っていました。美味しかったです。v-275ビールも久し振りに飲みましたよ。

kawaii155cmさんへ
K.N
v-34紅葉は少し早いですが,さすが京都は良いですね。見たい所は沢山ありますが,思い切らないと,なかなか行けませんね。今回は,姉と一緒でしたが,姉が忙しいので,1人で観光した所もありましたが,帰って地理がよく分かって良かったです。29日・30日は,1泊2日のバス旅行を入れました。こちらは,日本海が堪能出来て良かったです。瀬戸内海と違って波が荒いですね。v-466ついでに,輪島塗や兼六園や東尋坊なども行きたかったのですが・・・。v-398次回考えましょう。kawaii155cmさんも楽しんできて下さい。

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10月26日(金)~11月1日(木)まで,滋賀県の姉の所へ行った。いつもは,姉がこちらへ帰省して一緒に墓掃除&墓参するのだが,今回は,姉と一緒の恒例の秋旅行(10月29日・30日奥能登)をこちらから行く事にした。10月26日(金)丁度,いつもの絵画教室むさしの会が休みなので,丁度良かった。新幹線で指定席を申し込んだが満席,仕方なく自由席になったが,乗車してみると,空席が目立って座れた。このシーズン,小学校の修学旅行が多いため,指定席が無かったようだ。新大阪で乗り換え,JR琵琶湖線に乗り,最寄りの駅で下車。事前に聞いていたルートを歩いて,姉の家に到着。姉は忙しい人なので,外出して夕方しかいないとのことで遅めに家に着くようにした。仕事が早めに終わったそうで,甥が家にいたので,良かった。夕食は,姉が帰宅してから,久し振りに4人で食べた。
10月27日(土)お天気も良かったので,甥の運転で,姉と一緒に,『近江八幡』に行った。天正13年(1585年)に豊臣秀次(秀吉の甥)が18歳にして近江43万石の領主に任ぜられ,秀次は,信長亡き後の安土城下の民を近江八幡に移し城下町を開いた。自由商業都市としての発展をめざして楽市楽座を施行,城の防御である八幡堀を琵琶湖とつなぎ,往来する船を寄港させるなど,秀次はわずか5年の八幡山城在城の間に,商いの町としての繁栄の基盤を築いた。近江商人が活躍した古い豪邸が残っている。若くして悲運の最期を遂げた秀次は,近江八幡の開町の祖として市民に慕われており,彼のまちづくりにかけた情熱は,今日,八幡堀や町並み保存運動をはじめとする歴史を活かした近江八幡のまちづくりに受け継がれている。
ロープウェイで八幡山へ上がった。山の上には,色々な史跡があり,周りも開けて,眺望も良かった。因みに,ロープウェイは往復880円だった。
ロープウェイ乗り場 ロープウェイ
ロープウェからの眺望。沢山の家が甍を並べている。
ロープウェイからの眺望
ロープウェイを降りると,お願地蔵尊,村雲御所瑞龍寺門跡があった。こちらは,文禄5年(1596年)豊臣秀次の生母(秀吉の姉)日秀尼公により,秀次の菩提を弔うため,後陽成天皇から瑞龍寺の寺号と京都村雲の地を賜り創建され,1961年(昭和36年)に京都よりこの八幡山へ主要建物が移築されたそうだ。
お願い地蔵尊 村雲御所
手水舎,村雲瑞龍寺(特別加持御祈祷所)中へ入るのには,300円必要。
手水舎 特別加持御祈祷所
開山塔,瑞興殿(村雲御所瑞龍寺門跡)
開山塔 瑞興殿
金生稲荷大明神,金運向上祈願でお金持ちになれるそうだ。遥か向こうに西の湖が見える。
金生稲荷大明神 西の湖
ロープウェイで下山し,次は,日牟禮八幡宮に行った。境内に入ると,大輪の菊が沢山展示されていた。本堂の両脇にも・・・。
八幡宮 本堂
日牟禮八幡宮は,1000年以上の歴史を誇る神社で,近江商人の守護神として,人々の厚い信仰と加護を集めてきた。多くの重要文化財が納められているとのこと。折しも,七五三の掲示があちこちにあった。
本堂の側には,能舞台や御祈願絵馬奉納所があった。
能舞台 御祈願絵馬奉納所
さらに進むと,拝殿があった。鎌倉初期に源頼朝公が近江の守護職佐々木六角に命じて建立。現在までに何度か修復されているそうだ。
拝殿
八幡宮を出て,この日は遅くなるといけないので,八幡堀の方は後日(10月31日)行く事にして,甥の車に乗って姉の家に帰った。   ※ 日牟禮八幡宮の記事を載せるのを忘れていたので追加した。

【2018/11/03 14:19】 | 旅行
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yasumama
姉上様ご家族と夕食をおとりになったって ほのぼのと致しますね~。
とおくでも 目的地まで どこでも行けるって事は素晴らしい。
全く地理・世間というものが 分らなくなり 自分の行動範囲しか動けないのは 困った私です。
若い人は 何処までも車でも なんでもして 夜だろうが何だろうが 移動して まあ、 自分なんて 情けないって 先日 思いました。v-409
第1弾は近江八幡だったのですね。まだまだ つずくのですね。
楽しさ100倍・・・若返って お帰りになった事でしょう。
秀次って本当はどうだったのか 分りませんが 悲運の武将?っていつも 思ってしまいます。
では 第2弾に期待をv-266

yasumamaさんへ
K.N
v-456滋賀の姉の家へは,昨年の秋,北関東の旅行で,3泊しました。それまでも,海外旅行で,関空に遅くに到着した時も何度か泊まりました。余り都会でないので分かりやすいです。訪れるたびにマンションなどが増えていますが・・・。私が土産に肉を事前に送っていて,それで食事をしました。姉の夫と息子はすごく大食漢ですから,料理するのも大変だと言っていました。以前,東京へ行った時も,昔とは大きく違っていましたが,ネットで調べて行くと,行けました。昔は,紙の地図を持って行ってましたが,当節は,すごく便利です。分からない所は,駅員の方に聞けば良いし,どこへでも行けますよ。yasumamaさんは,スマホで検索しながら行かれると良いですよ。これも慣れですから・・・。秀次は,最初は豊臣秀吉の跡継ぎになる予定でしたが,秀頼が生まれたので要らなくなってしまって,可愛そうでしたね。非情な時代だったのですね。今度の土曜日,太極拳で会えるのを楽しみにしています。度々休んだので,孫式,すっかり忘れました。v-404

羨ましい~
kawaii155cm
近江八幡、私も行って見たい所です。
豊臣秀次、諸説あるようですが、謎ですね。
ロープウエイでの眺め、沢山の菊の出迎え!
秋の旅、日常を忘れていいなぁ~。
日牟禮八幡宮でしたかね、木製(のような?)鳥居は健在でしたか?車で行ったら「ここ、入ってもいいよね?」って、ちょっと驚くような鳥居の建て方ですよね。(TVの旅番組で見た記憶があります。)
先生のお好きな能も舞われるようですね。
あ~、旅がした~い!
続きを楽しみにしています。

kawaii155cmさんへ
K.N
v-448近江八幡は,姉の住んでいる所から,JRで2駅目です。以前,姉に車で安土城には連れて行って貰い,城跡を登りました。琵琶湖が見れて良かったです。名所旧跡があちこちにあります。近江八幡は,TVでも色々取り上げられています。八幡堀へ行った時,お笑い芸人の人がTVカメラと一緒に回っていましたよ。日牟禮八幡宮の手前に鳥居がありました。写真に写っている建物の所まで車で行けます。私たちも駐車場に車を停めました。古い歴史の佇まいが感じられます。何日か,お暇を頂いて,行かれると良いですよ。次の相国寺も良かったですよ。v-34紅葉は少し早い感じでした。

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